10年くらい前の夏の日の話。
当時、タロウという名の柴犬を実家で飼っていた。
いつもは夕食後に散歩をさせていたのだが、その日、私は居眠りをしてしまい、真夜中に行くことになった。
その日は風が強く、空がゴロゴロと鳴り、今にも雨が降りだしそうだった。
歩いて10分ほどの公園に着く。
真っ暗でひと気のない公園は不気味だ。
街灯のぼんやりとした明かりがひどく頼りなく思えた。
そんな中、タロウはいつものように、しきりに地面の匂いを嗅いでは、のらりくらり歩いて行く。
公園の中ごろには時計がある。
文字盤を懐中電灯で照らすと0時を回っていた。
さらに進む。
暗闇の中にうっすらとフェンスが見えてくる。
いつもはここで折り返して帰るのだが…タロウは座り込んでしまった。
タロウはフェンスの方をじっと見ていた。
猫でもいるのかと懐中電灯を向けるが何もいない。
フェンスの向こうには木々に囲まれた古い神社がある。
どうやらそれを見ているらしかった。
散歩中、タロウが座り込む、というのは別によくあることだ。
だが、すぐに私は今回のそれが普通ではないことに気づいた。
タロウが震えているのだ。
私は嫌な気がして、来た道を戻ろうとリードを引っ張った。
だがタロウは震えたまま動かない。
「ほら!帰るよ!」
もう一度リードを引くがやはり動かない。
ふと、私は妙な音に気づく。
風が吹くたびに鳴るザワザワと木の葉がこすれる音とは別に、ジャッ…ジャッ…と、ゆっくりだが規則的な音。
私は直感した。
――足音だ。
神社に誰かいる。
今度は足音の鳴る方を照らす。
だが誰も見当たらない。
足音が近づいてくる。
いよいよ怖くなった私は
「おい!帰るぞ!」
とリードを引く手を強めるが、タロウは動けないでいる。
足音はなおも近づいてくる。
もうフェンスの側まで来ている!
……というところで足音はピタッと止まった。
――刹那、頭上で稲妻が走り、フラッシュを焚いたような青白い光が一瞬あたりを照らした。
私は見た。両手でフェンスをつかんでこちらを睨みつけているギョロ目の男を。
直後、鳴り響いた雷鳴に驚いたタロウは来た道を走り出した。
そのまま私とタロウは家まで走っていた。
結局あの男が何だったのかは今でもわからない。
コメントを残す