物心つくかつかぬか分からない幼少期から、何度も見ている夢があります。
母と私が住んでいる家で火事が起き、脱出した後、外から燃える家を見上げると、取り残された幼い女の子が窓から私を見つめている。
彼女はじっと私を見つめている。
私は手を伸ばしたり、助けようとするが、どうすべきかが分からず、ただ困惑してその場から動けない。
そうして、女の子は炎に包まれて消えていく。
悔いや悲しみとも違う、もやがかかった様なもどかしさを抱えて、いつも私は目を覚ます。
中学生の頃のある日、唯一の家族である母との会話で、幼少期の記憶について話題が出ました。
私の思い出では、幼い頃住んでいた家には大きなフランス人形が飾られており、その人形は、寝室の、大きな窓と一体になったガラスケースに収められていた筈です。
しかし、母はそのことを否定し、そのような人形は存在しなかったと言うのです。
奇妙な事に、私はそのフランス人形の存在を強く感じていたにも関わらず、母曰く、実際にはそんなものは存在していなかったのです。
確かに、簡素なドレスを着ていた気がする。
帽子は被っていなかった気がする。
等、細かい部分はうろ覚えです。
しかし、窓と一体物のガラスケースという具体的な記憶もあるのです。
私には、幼少の同時期に、フランス人形がある家とない家という、二つの家の記憶があったのでした。
フランス人形の記憶の会話をした頃から突然、私の夢はより異質なものへと変わりました。
夢の中の女の子の瞳に、フランス人形の目が重なるようになったのです。
人間か人形かよく分からない女の子は、やはり泣く事も叫ぶ事も無く、私を注視してくるのでした。
時が経ち私が社会人になったある日、とあるお通夜の席で、祖母の代から絶縁していた親戚達と、初めて話す機会がありました。
私自身も知らなかった私の幼少期のエピソードを数多聞かされる中、とある出来事を知りました。
私がまだ赤ん坊だった頃、当時住んでいた家が火事に遭い、当時の家は半壊し、建て直しに近い修繕を行なっていた。というものです。
私はその話を聞いて興奮しました。
あの夢は、火事の記憶が元になっているのではないか?あの女の子は、幼い私が、人形と生きた人間の区別も付かない中で作り出した幻だったのではないか?
火事があった事を母は認めました。
怖い出来事だから話すのも良くないと思い、私には話していなかった……ということもなく、話しても話さなくても良かったから偶々話さなかった。
みたいな風でした。
しかし不思議な事に、フランス人形の存在は否定したのです。
いつも通り至って普通に、そんなものは無かった、と。
夢で見る女の子は、あのフランス人形の思い出が創り出した物なのでしょうか。
だとすると母が存在を否定するフランス人形は本当は実在したのでしょうか。
母の否定が意味するものはなんなのでしょうか。
母が言うように、フランス人形が無かったのであれば、あの女の子は?私の妄想なのでしょうか?
女の子の髪や服や顔が、燃えて黒く焦げるのを、物心つく以前から妄想しているのでしょうか?
母は腎臓の病で、還暦に満たない歳で亡くなりました。
結局、フランス人形の存在はあやふやなまま。
徐々に記憶に残らなくなってきましたが、夢は今でも、半年に一回くらい見ます。
夢に出てくる女の子と、記憶の中のフランス人形という、心霊的な現象も無く、私の頭の中の曖昧な出来事で申し訳ありませんが、以上が私の人生に依然として残り続ける、ちょっとした不思議のひとつとなります。
コメントを残す