今年、高校から大学まで一緒の先輩に言われて、車で地元の神社を巡ってた時
高校の頃は町営バスで毎週通ってたルートでも、やっぱり先輩の運転だとちょっと新鮮で、若干はしゃいでたんだよ。
その上がったテンションで、なぜか
「魔女っておるんすかね」
って聞いた。
そしたら先輩はなんだコイツみたいな目でルームミラー越しにこっちを見て、
「不謹慎やろ」
って。
山と川の隙間みたいな道からやっと平地に抜けた頃、やっと先輩が喋ってくれるようになってさ。
「魔女っていうのは不謹慎。話で出したら良くない」
「え、なんでっすか。魔女裁判の拷問とか……」
「それは全然」
そう言われて、なんか不思議な気持ちになって。
確かに普段から真面目で融通利かないけど、こんな事言う気がしなくて。
ニコニコ動画を一緒に見始めた頃から今まで、殺人事件とかオカルトも喜々としてるような人なのに、なんで?って。
「魔女にされるのは確かに怖いっすけど」
「な。魔女の考えって怖いねん」
その辺りでもう意味わからなくなって、
「海外っすよ、魔女って。イギリスとかじゃなかったっすか……」
「日本にもおる」
意味がまったく分かんない内に、結局振り返って自分の目で確認する事にしたんだよ。
自分達がさっき通ってきた方向、山道みたいな県道の方向ね。
「魔女とかおります……」
って言い返したの。
当たり前だけど、なんにも居ない空を見ながら。
居らんでしょって。
「なんでそこ見たん?」
そう言われて驚いたの覚えてる。
なんで、そこに魔女が居ない事が反論になるって思い込んでたんだろって。
先輩が指さして、そこに居るって言った訳じゃないのに。
神社巡りが終わって、先輩の実家の部屋で寝っ転がってる内に気になってきてさ。
それでGoogle使って見てたら、先輩がその辺りの土地を検索した履歴が残ってた。
大学上がる前、だから二年ぐらい前の履歴だったけど。
でもあんな空気になった後で聞きに行くのも忍びなくて。
先輩の誕生祝いで買ったって分厚いテレビで映画見てたんだ。
クーラーもあからさまに古いのに、10畳ぐらいある部屋をなぜかめっちゃ冷やせる事とかも、高校の頃を思い出しながら懐かしんでた。
そしたら、下の階で冷蔵庫漁ってたっぽい先輩が帰ってきて一言、
「今空見んなよ」
って。
正直ずっと感じてたんだよね。
空に女が浮かんでる気がして、ずっとその考えが頭に残ってて。
絶対に居ないって分かってる筈なのに、カーテンを閉める為に窓に近付くのも怖いから、先輩が二階に上がってくるのを待っててさ。
「こういう時は写真だけ撮っとく。まだ人生楽しいから」
絶対写らんけど、って付け加えながら、先輩は開けた窓から細腕だけ突き出して、古いカメラで空を撮影してた。
それから何年か空いた頃、先輩の持ち物だったって事でカメラを触る機会があって、ぼんやり写真のデータを見てたんだ。
その時に偶然あの写真を見た。
あの日先輩が窓を開けて撮った空の写真。
やっぱりそこには魔女なんて写ってなくて、先輩の家族が欲しがってる彼女の顔も写ってなくて。
ただなにか、何かが決定的に写っていない、っていう変な感覚だけあったんだ。
写真の腕が上がった後も空を撮るのを趣味にしてたせいか、空を撮った写真が恐ろしいぐらいの数があったんだけど、そんな虚しさを感じるのはそのたった一枚だけだった。
それで確信したんだよ。
いつか絶対に、写真に写った虚しさの正体を理解してしまう日が来るって。
絶対居るんだよ。
絶対空に女が浮いてて、いつか絶対にそれを見る日が来る。
ずっと、先輩の部屋で調べてた場所の事が頭の中にある。
あの日行った神社は熊野本宮大社という所で、通った道は新宮市からの国道168号線。
ちょうどあの時魔女が居るって思った空の真下にさ、ゴーストタウンになってるけど集落があるらしいんだ。
特徴的な地名だから、分かる人には分かると思う。
バス停の名前にもなってた筈。
いつか耐えられなくなる前に、その場所に行ってみようと思う。
写真に写った欠落感が、日に日に大きくなっていってる事に、もう耐えられない。
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