あ、ども。
俺、高崎って言うんだけども、こないだから起きてることを話すわ。
いやあ、ちょっとありえねえ、考えられねえことなんで、信じてもらえないかもしれないけどよ。
え? ここはそんな話ばっかりだって。
そうか・・・ 俺な、日雇いの土建業なんだ。
ま、ドカタって言っても怒らねえよ。
なんせ中卒だからな、それしか仕事がねえ。
でな、先週の日曜のことだ。
俺はその土日休みで、そんときは家で一人でゲームしながら飲んでたのよ。
金なくて店とかには行けねえから。
8時ころから飲みはじめて、10時を過ぎたあたりかなあ。
母親が
「友だちの人が来たわよ」
と知らせにきて、玄関に出てみたら茂木ってやつだったのよ。
茂木は俺と同じ中学で、2年間同じクラスだった。
ただ、俺とは違って高校に行き、その後は市場に就職した。
連絡は取ってたが、会うのはかなり久しぶりだったのよ。
「お、しばらくだな。どした?」
そう言うと、
「こんな時間にスマンな」
って。
下向いて、暗いぼそぼそした声だったな。
「まあ上がれよ」
「いや・・・なあ、これから俺と豚工場に行かないか」
「ええ?」
これにはさすがに驚いた。
豚工場ってのは、市内から少し出た国道沿いにある廃工場で、俺が小学生のときからすでに 仕事はやめてたはずだ。
なんでも、家畜の飼料をつくってたのが、そこのを食べた豚がかなりの数死んで、それでつぶれた。
で、俺らの地元では豚工場と呼ばれて、心霊スポットになってたんだ。
地元で行ったやつは多いよ。
俺も一回だけ行ったことがあるが、特に何も起きなかった。
かなり広くて、体育館ほどの建物が2つあり、そのうちの一つには入れるんだ。
「いや、ヒマだし行ってもいいけどよ。俺、酒入ってるぞ」
「俺、車に乗ってきた」
「そうか」
でな、今考えれば変なんだよな。
このときの茂木が幽霊だったとしたら、その車も幽霊ってことになるよな。
けど、そうとは思えない。
やつの車で豚工場まで行ったんだよ。
事情はよくわからないながらも、茂木がふざけてるとも思えなかったんで、家の懐中電灯を持って外に出た。
小雨だったな。
で、横の道に停めてた車に乗り込んだ。
え、茂木の車? ああ、中古で30万くらいの古いクラウンだったよ。
車が走り出し、俺が
「どして豚工場に行くんだ」
と聞くと、茂木は
「これ見てくれよ」
と、運転しながら片手で、ダッシュボードにあったやつのスマホを渡してよこした。
「写真の保存アプリを開いて最後の画像を見てくれ。首吊りが写ってると思わないか」
「・・・」
開いてみると、見覚えのある豚工場の写真が10枚以上入ってた。
「これ、いつ撮ったんだよ」
「今週の水曜」
「お前一人で行ったのか」
「いや、市場の仲間と4人で行った。そんときのやつだ」
最後の画像は、工場内部の下から天井のほうを写したもんで、上のほうをぐるっと回るように通路があって、その手すりから何かがぶら下がってるように見える。
けど、暗くて何なのかはっきりしない。
人というより袋みたいな感じだった。
「うーん、たしかに何かが下がってる。けど、首吊りとは思えんがなあ」
「そうか」
「これ。たしか階段があって上の通路に上れるよな。確かめてみたのか」
「そのときは何もないと思った。後になって写真を見返してたらそれがあったんだよ」
「うーん、あ、そうだ。市場の仲間といっしょに行ったって言ってたよな。当然そいつらには見せたんだろ」
「ああ、その日家に戻って、変なものが写ってるとわかってすぐメールで画像を送った。それと翌日も見せたんだよ。けどもやつら、何も見えない、写ってないって言うんだ」
「うーん、何かがぶら下がってるのは確かだと思うが、それも見えないってことか」
「ああ」
この時点でもう わけがわからなかったよ。
何かがぶら下がってるのは確かだが、首吊りには見えない。
「お前には首吊りに見えるんだな。顔もわかるか」
「・・・・」
こんなやりとりをしてるうち、車は豚工場の前まで来た。
黒々とした大きなシルエットの同じ形の建物が2つ並んでる。
そのうち入れるのは向かって右側。
俺が行ったのは3年前のことだった。
「監視カメラとかなかったか」
「気をつけてたが、ないと思う」
門の鉄柵は開いていて、茂木は高い塀の陰に車を停めたんで、外の国道からはわからない。
で、茂木が自分の懐中電灯を持って先頭、その後に俺も自分のを持って中に入ってったんだよ。
豚工場の出入り口は鍵がかかってるが、トラックなんかをつけて荷を出し入れする大きなシャッターがねじ曲がってて、そのすき間から入れる。
これは3年前と同じだった。
中は広いんだが、ずらっと高さのある機械が並んでて、その間の通路は2人が並んで通れるくらいの幅しかない。
「どの手すりだよ」
「あれだよ」
茂木が懐中電灯を向けたのは正面の奥だったが、光が届いてなかった。
それで真下まで近づいてったら、たしかに写真に写ってた袋らしきものがあった。
かなり大きく、太った人一人分くらいあった。
「あ、あるな。やっぱ袋だぜ。首吊りに見えるか」
「・・・そうだな、袋だ。なんで俺、首吊りだと思ったんだろ」
「だいたい事情がわかったじゃねえか。お前らが来たときから袋はあったんだよ。それを知らずに写真に撮ったお前が首吊りと勘違いした。あとお前の仲間は、写真が暗いんで袋も見えなかった。そう考えるしかないだろ」
「・・・・」
「どうする、上ってあれが何か確かめるか」
「ああ、そうだな」
で、今度は俺が先に立って鉄階段を上ってったんだよ。
いやいや、そんときは怖いともなんとも思ってなかった。
幽霊とかそんなものは、テレビとか映画の中にしかいねえってな。
それより、なんせ古いから、階段の鉄が腐ってて踏み抜いたりしないか、そっちのほうが気になってたよ。
でな、上の回廊に出て、袋に近づいてくと、すげえ臭いがしてきた。
生き物が腐った臭いだと思った。
あの袋の中からか。
まさか・・・ すぐ近くまで来ると鼻が曲がりそうになった。
けど、ここまで来たらやるしかないと思ってな。
袋を上から照らすと、麻袋なんかな、とにかく頑丈そうな布の袋で、ボクシングとかのサンドバッグくらいの大きさだが、いびつな形をしてる。
しかもなんかまだらに色がついてる気がしたんだ。
吊るしてるのも太い布製のロープ。
手をかけてみたが重い。
一人じゃ引き上げられそうもない。
「茂木、お前も引っぱれ。 え!?」
すぐそばにいるはずの茂木が消えてたんだよ。
ありえねえだろ。
そこは回廊の真ん中へんだし、足場は鉄だから走れば音がする。
階段だってそうだ。
「おい、茂木どこだ! ふざけるな」
けど、俺の声が響くだけで返事はなし。
背筋がぞくぞくっとした。
俺が引っぱったせいで、袋はまだ臭いをまき散らしながら揺れてた。
さすがに逃げたよ。
かなりの長さの階段を駆け下り、機械にあちこち体をぶつけながら、どうにか豚工場の外に出て、車を停めてたとこに行ったが、なかった。
やっぱ茂木は一人で逃げ出して、俺を置いて車で帰ったのか・・・けどな、そんとき小雨が降ってたって言ったろ。
地面を照らしてみても、車を停めてたような跡はついてなかったんだよ。
結局、タクシーを呼んで帰るしかなかった。
・・・でな、ただごとじゃないだろ。
次の日、俺のダチ何人かに連絡した。
それと茂木の勤めてる市場にも。
そしたら、たしかに水曜に4人で豚工場に行ったが、その途中で茂木の姿が見えなくなった。
怖くなって一人で帰ったっと思ったが、連絡がつかない。
家電にかけると茂木の母親が出て、まだ帰ってきてないって言う。
翌日から茂木は欠勤というか行方不明状態。
家では捜索願を出したってことだった。
でな、あの袋は、俺と俺のダチで昼間に行って引き上げたよ。
袋は灰色で赤黒いシミが大きく浮いてた。
よほど警察を呼ぼうかと思ったんだが、俺らは中学のときから警察とは相性が悪くてな。
引き上げた袋をナイフで割くと、出てきたのは腐った大量の肉。
いやいや、茂木の肉じゃない。
豚のものだ。
頭や足も入ってたから。
誰が何のためにそんなことをしたか、まるでわからねえ。
ただな、茂木は市場の精肉部門にいるんだ。
だからやったのは、茂木かその仲間だと思う。
あとな、市場で茂木が、仕事ができないんで、いつも先輩方からどやされて悩んでたって話も聞いた。
これで全部だが、まだ茂木は見つかってないんだ。
ここの人なら、これがどういうことなのか、わかるもんか?。
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