10年ほど前かな。
子どもの頃に住んでた地域の神社の御神木の話なんだ。
けっこうな田舎でね。
都会と違って外で遊ぶ子どももけっこういたよ。
自然も残ってたし。
5年生くらいだったと思うけど、夏休みに友だちと3人で沢でカニを捕ってたんだ。
大きな石をはがすと、下に隠れてるんだよ。
んーまあ、食うほど大きいやつじゃないけど。
でね、俺以外の2人がかりでかなり大きな石を起こした。
全部は持ち上げないで片側だけな。
そしたら、やつら2人で呆然として石の裏側を見てたんだよ。
「何かあるのか」
って聞いたら、
「ここに、神社に来いって書いてある」
って言うんだ。
2人で口々に。
そんな馬鹿なと思って、俺も見たら、書いてあるっていうか、今すぐ神社に行かなくちゃ、って気になったんだ。
え? ああ、そりゃ字は書いちゃいないさ。
でも行かなくちゃと思ったってことだな。
で、バケツを持ったまま地域の氏神神社に行った。
社殿は大きいけど、普段は賑わってるようなとこじゃないよ。
初詣と例大祭のときくらいだな。
境内は広いし、後ろは深い森になってるけど、そこで遊ぶことはなかった。
歩いてるとぽつぽつ雨が落ちてきた。
鳥居が見えてくると、子どもが10数人集まってたんだよ。
全部同じ小学校のやつらで4年以上の男だけ。
6年生もいた。
学年1学級だから、みな知ってるんだよ。
6年生のうちの一人が、
「お前ら、なんでここ来た」
って聞いたから、
「河原石の裏に、ここに来いって書いてあった」
こう答えたんだ。
6年生は怪しむ様子もなく
「そうか。俺はカブト虫にそう言われた」
って。
見れば捕虫網と虫籠を持ってた。
他のやつらも、家の畑を手伝ってたらキュウリに言われたとか、ゲームしてたら画面にそう出たとか、おかしなことを言い始めた。
今考えれば異常だけど、そんときは、変だという気はしなかったんだよ。
とにかく全員で鳥居をくぐった。
6年生が先頭に立って社殿にお参りし、持ってた小銭を、賽銭として投げるやつもいたよ。
で、それから裏の杜にまわった。
雨が少し強くなってきた。
そんときに、このメンバーで去年の例祭のときにお神輿を担いだんだって気がついた。
もちろん来てないやつもいた。
中学生になった去年の卒業生とかもね。
裏の杜には柵で囲まれた御神木があるんだよ。
楠の大木で、樹齢400年以上って言われてた。
どうもそっちから呼ばれてる気がしたんだ。
だけどのこ御神木はそんときは枯れかけてたんだよ。
新しい葉が出なくなって、幹も乾いた感じになってたな。
で、俺らが柵の回りに集まったとき、急に雨脚が激しくなった。
いつの間にか上空は黒雲に覆われてて、大粒の雨がびしびし打ちつけてきた。
空が光った。
そしてすぐ轟音、雷が近くに来てるってわかった。
濡れるのはべつに平気だったけど、雷は怖かった。
どうしようかとあたりを見たら、6年生が両手を広げて
「下がれ」
の合図をした。
俺らが後ずさりして柵から離れたちょうどそのとき、ドカーンという破裂音がして、目の前の御神木がぼうと光った。
それから上部が火を出しながら真っ二つに避けたんだよ。
落雷したんだ。
でね、裂けた幹の真ん中から黒い煙が立ち上って、それは渦巻きながら人のような形をとったんだよ。
あれは武神だったな。
仁王様とかああいうやつ。
すごく怒ってることがわかったんだ。
黒い煙はしばらく木の裂け目を漂って、それから薄くなっていった。
「おーい、そっから離れろ」
って声が後ろから聞こえた。
振り向くと神主さんが走って来るところだった。
「なにやってる、危ないじゃないか」
幸いにというか火はもう燃えてなかった。
雷もあの一発だけで、あとは遠くでゴロゴロいうだけになり、空が明るくなってきた。
俺らは社務所に連れてかれ、タオルなんかを貸してもらった。
「何やってた」
と聞かれたんで、6年生が代表して説明した。
呼ばれたような気がして、それぞればらばらに集まってきたこと。
御神木を見ていたら大雨がきて雷が落ちたこと。
黒い煙が渦巻きながら大きな神様の形になって消えたこと。
ものすごく怒ったき気持ちが伝わってきたこと、なんかをね。
それを聞いた神主さんは、うーんと考え込むような表情になったよ。
でね、この御神木はもうすぐ切り倒されることになってたんだ。
そのままにしておくと倒れる可能性もあって危険だってことで。
業者が伐って買い取ることに決まってたんだよ。
だけど落雷で価値が大きく落ちたし、俺らの話もあって、伐ったは伐ったけど、売らずに、根っ子と根元の太い部分を使って、仏師に神像を彫らせたんだ。
神道のほうだと、神様の像とか普通は見ないよね。
神が宿るのは自然物とか鏡とかで、あんまり人型の像って祀らない。
だけど、そんときはすごく柔和な顔をした神様の像をつくらせて、御神木のあった場所にお堂を建て、その中に安置したんだ。
これは今でもあるし、見にいけばいつでも見られるよ。
でね、この御神木の根っ子を掘るときに警察沙汰が起きたんだ。
幹の根元に、ドリルで開けたらしい穴がいくつも見つかったんだよ。
5mmくらいって話だったから、まず見逃してしまいそうなもんだけどね。
で、詳しく調べたら、幹の中から除草剤の成分が見つかったんだよ。
嫌な話だろ。
誰かがわざと御神木を枯らそうとしたってことだな。
何でかって?
そりゃ伐採して売るためだろう。
太い木だと一千万近くするらしいよ。
でも、そんなことをしたら神罰が下ると思うだろ。
こっからは詳しいことは言えないけど、その通り、あったんだよ。
微妙な内容になるので、ちょっとぼかして話させてもらうけど、破傷風が流行ったんだ。
人から人へ伝染はしないから流行ったっていうのも変だが、ここらの地域一帯で患者が何人も出て、助からない人のほうが多かった。
衛生観念の発達した今の時代で考えられないだろ。
でね、それがみな前々から疑われてたやつらとその家族だったんだよ。
それはやっぱり何かあるんじゃないかと思うだろ。
あと、その破傷風が起きてた間、御神木の像のお堂が夜になると赤く光ってた、って話があるんだ。
近所のじいさんの目撃情報だと、赤い光がお堂の屋根の上でチカチカ、チカチカって。
な、怖いだろ。
まあね、寿命400年以上の御神木と言えば、人間の5人分も長生きしてるわけだし、その間ずっと人々の祈りを受けている。
だからね、侮っちゃいけないんだ。
ほら、最初のほうで話した子どもの自分のことだって、考えてみれば不思議だよね。
なんで俺らを呼び集めたのか、そのあたりもわからない。
神社の例祭には中3まで参加してたけど、子ども神輿しかないから、今はたまに帰ってきて見てるだけだ。
お堂にもお参りに行くよ。
神像は、彫ったときはほぼ生木に近かったのが、ロウソクで燻され、10年たっていい色合いになってね。
顔もすごい優しくて、見てるとほっと心が安まる感じがする。
でもね、本当は怖いってこともわかってるからね。
とりあえず終わり。
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