その日は仕事が遅くなって終電での帰宅だった。
金曜日とはいえ、自分の家は終点の二つ前にある田舎なので電車の中には人はあまりいなくて自分がいる車両には自分を含めて3〜4人くらいしかいなかった。
座ってスマホを見ていたんだけど疲れてふと顔を上げると向かいの席の前にこちらに背を向けて吊革につかまっている男がいた。
「こんなに空いているのに何で座らないんだろう?」
と思い、どんな奴なのかガラス窓の反射を利用して覗き込んでやろうとしたんだけどなぜかそいつの顔の周りに靄がかかっているような感じでなかなか見ることができない。
服装はつけているネクタイの柄がわかるくらいはっきりわかるのに・・・。
なんて思いながら色々な角度から覗き込んでいたその時、電車がトンネルに入ってそいつの顔がはっきり見えた。
のっぺらぼうなんじゃないかと思うくらい薄い顔をしたその男は、その風貌とは似つかわしくないほどの大きな目で、窓ガラスの反射越しにこちらを見ていた。
目は血走っていて、顔の他の部分はまったく動いていないのに目だけがぎょろぎょろと動きながら、しかしはっきりとこちらを見ていた。
「まずい!!!」
そう思って目を伏せた。
「頼むからこちらに気づいていないでくれ・・・」
と祈って目を強く瞑っていたのだが、気配でそいつが振り向いたのを感じた。
まずい、まずい・・・。
こちらとの距離は大人の男の足だったらたった1〜2歩しかない。
なのに
「カツッ」
という足音が聞こえた。
薄く目を開けると、ガラス細工なんじゃないかと思うくらいツヤツヤした革靴の片足のつま先が見えた。
顔を伏せながら、自分が出来る範囲で周りの様子を探ったのだが、ついさっきまで端の席でいびきをかいて寝ていたおじさんや手摺にもたれながらスマホをいじっていたお兄ちゃんがいたはずなのに何故なのか誰もいない。
もう一回
「カツッ」
という音がして両足のつま先が確認できた瞬間、思い切って顔を上げた。
そこには誰もいなかった。
「え?」
と思って周りをみると寝ているおじさんやスマホのお兄ちゃんもそこにいた。
ああ、夢を見ていたのか、と思った。
疲れているんだな、とも思った。
ほっとしたら固く強張らせていた身体が一気に緩んだ。
背中を思いっきり座席にもたれさせ後頭部をガラス窓にあずけながら何気なく上を見た時、網棚の上にそいつはいた。
突き破らんばかりに顔を網棚に押し付けながら、声にならないような声を出し、血走った目で食い入るようにこちらを見ているそいつと目が合ってしまった瞬間、俺は失神してしまった
駅員の声で目が覚めた。
「お客さん、終点ですよ」
と促されホームに出た。
タクシーか徒歩か・・・。
でも、このままで家に帰ることは出来ず、
「駅員さん、ちょっと聞いてほしいんですが・・・」
と言って一部始終の話をした。
酔っ払いか、変な奴だと思われるかと思ったんだがその駅員さんは表情ひとつ変えず俺の話を最初から最後まで聞いた。
聞いた後、
「電車というのはいろんな事が起こるんです。たくさんの人が使っていますから。今日見たことは早く忘れた方がいい。明日はお休みですか?もしそうならゆっくり休んで、週明けからまたのご利用お待ちしています」
といって頭を下げると、
「最終確認があるので」
と言いながらホームの端の方に消えていった。
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