これは自分の知人で、輸入雑貨の卸をしているSさんから聞いた話で、ほぼ実話というか、聞いたとおりの内容です。
触れないほうがいいかとも思ったんですが、Sさんのひととなりを説明すると、
若いころは、あるところの正式な組員になってまして、懲役、刑務所暮らしも経験しています。
今はカタギなんですけど、日本ではカラシ色のスーツに雪駄、金縁眼鏡で、金のブレスをつけてます。
ところが仕事で東南アジアに行ったときには、地味な、どっから見ても現地の貧乏人という格好で、
髪も脂ぎった黒に染めなおして、すっかりまぎれ込んでしまってるんです。
学歴とかはわかりませんが、東南アジアの現地語を数か国語、日常会話程度できます。
自分とはインドネシアで知り合ったんです。
某国でのことです。
午後からSさんは屋台に出かけ、イスでココナッツミルクをアルコールで割ったものを飲んでいると、
通りでドガーンという音がして、ふり向いて見ると、通行人が宙に舞っていました。
せまい通りを無茶なスピードで飛ばしてきた車に轢かれたんですね。
その人は布のアーケドの上で一回バウンドし、さらに地面に落ちて激しく転がり、やっと回転が止まってうつ伏せのままになりました。
血は流れていなかったんですが、ピクリとも動きません。30代くらいの男でした。
轢き逃げではなく、車は停まって(トヨタだったそうです)小金持ちそうなやつが降りてきましたが、
被害者を介抱するなどのそぶりはまったく見せず、壁にもたれて携帯で話し始めました。
で、動き出したのは屋台村のSさんのそばで飲んでいたやつらです。
Sさんは貧乏旅行者を装って、あらゆることを値切ったりして、悪いやつにマークされないようにしてたんです。
それと、2日か3日かでホテルも変えていました。
さらにベッドの下には知人宅に預けてあった、その国では非常に珍しい(野球をやる人は超希少)ケース入りの金属バットを転が
しておきまして。
何かあったらそれでぶん殴ろうというわけです。
鍵をかけた上に、ドアの前に旅行バックを置いて、12時過ぎに寝たんですが、
夜中に目が覚めて、そしたら体が動かなかったそうです。
最初に考えたのは、縛りあげられたとか、クスリを飲まされたってことですが、そのわりには体は痛くない。
薄目が開いて、電気はつけっぱなしにしてたので自分の体が見えましたが、おかしな様子はない。
それで、「これは金縛りというやつか?」と初めて考えがいきました。
それまで経験したことはなかったそうです。
とにかく指先に少しずつ力を入れて、なんとか脱出しようとしていると、足元のほうのクローゼットの中がカタカタいい始めまし
た。
それでも、「幽霊だったら怖くはない。何にもできねえからな」と言ってました。
むしろ、隣の部屋とかから穴を開けて侵入されることを怖れてたそうです。
ま、そのくらいでないと東南アジアを渡り歩くのはできませんが。
やがて、両開きのクローゼットがバーンと開いて、中にはSさんの上着しかかかっていないのが見えました。
扉はバタンバタン、バタンバタン、何度も何度も強く開閉して、Sさんのほうに風が漂ってきたそうです。
生臭い血のニオイがしました。
「あ、もしかしてさっきの事故のやつか。血は出てなかったけどな」と思いましたが、
Sさんには恨まれる心あたりはまったくなかったので、心の中で、
「俺は何の関係もねえだろ、車のやつと介抱した野次馬を恨めよ。俺、関係ナシ」こう何度も唱えました。
体はやっと指が動き始め、右手の肘も曲げることができたそうです。
Sさんは「これはもしや、昔の組時代の俺を恨んでるやつかもしれない」
そうも考えたので「ありゃしかたねえことだった。お互い様で恨むのは筋違い」
そのうち、体が動く感じがしたので、「俺を舐めるな、クソ野郎!!」と絶叫してベッドの上に跳ね起きました。
そのとたん、クローゼットの扉がバターンと閉まりました。
Sさんはベッドの下から金属バットを引っ張りだすと、持ったままクローゼットを開けて中を確かめ、
そのときは何もおかしな物は見つからなかったので、
クローゼットの前で、「舐めるんじゃねえ、コノヤロウ!」と叫びながら、何度も何度もバットを振り回したそうです。
そのうちに他の部屋から苦情がいったのか従業員が来まして、
Sさんは着替えてホテルのロビーに行き、そこで朝まで過ごしたということでした。
で、8時ころにチェックアウトしたんですが、そのときクローゼットをしっかり調べると、
一番下の引き出しに、ホコリにくるまった小さな頭蓋骨、たぶんネズミの仔のものがあったそうです。
結局、クローゼットが夜中に開閉した原因はわからずじまいでした。
こういう話を聞かされまして、Sさんは、
「ずっとヤバイ橋を渡って、海外も何度も行って、不可思議なことはこれだけ。
やっぱホテルの客か従業員が、何かたくらんでた可能性が一番高いよな」
と言ってました
コメントを残す