雑居ビルの隣人の話。
まず、私が住んでいる街の話。
表通り沿いは商業地区で、3~4階建のビルが立ち並んでいる。
その裏は住宅地区で、平屋や2階屋が並ぶ住宅街だ。
うちと隣人は表通り沿いの商業地区の住人。
両方とも4階建てのビルに住んでいる。
うちの近所では、ビルの屋上を庭代わりにする場合も多い。
うちもバラ園や物干し場を設置している。
隣人も温室を設置して植物を育てていた。
寒冷紗が掛かっており中身はよく見えないが、
隣人に中身を聞いたときは、熱帯植物を育てていると話していた。
表通りは搭屋が視界を遮り、裏通りは住宅街が視界を遮り、
屋上庭園は外からよく見えない。
住人的には秘密の花園といった雰囲気だ。
隣人は30代くらいの男性。
お互い詳しくは知らないが、会えば挨拶程度はする間柄だ。
家族らしき人は見たことないので、一人暮らしにみえた。
普段のラフな格好から察するに、勤め人風でもない。
やたらと客人が多い人で、夜間に人の出入りが結構あった。
2F以上には事務所や店舗がなさそうだったが、
単に交友関係が広いのだろうと思っていた。
夜になると音楽や笑い声が微かに聞こえていたからね。
ある夜、うちで飼っている猫が屋上まで逃げだした。
屋上の戸は普段締まっているが、
この日は甥っ子が遊びに来たとき戸を閉め忘れたらしい。
追いかけて探すと、猫は隣人の温室近くまで逃げていた。
すぐに捕まえないと、ビルから落ちるかもしれない。
焦っていたせいか、手すりを越えて隣の屋上に侵入してしまった。
まー、隣同士で顔見知りだし、
隣人に見つかっても事情を説明すればいいだろう、という甘えはあった。
ハーネスを持っているし、猫もいるので、信じてもらえるとも思った。
猫を保護して何気なく温室をみる。
隣人宅の屋上からは中がはっきり見えた。
奇妙なことに、植えられている植物はどれも同じにみえた。
ありふれた草で、盆栽や多肉植物みたいに面白い形ではない。
見栄えのする花や美味しそうな野菜も付いていなかった。
なんだろこれ?家庭菜園?ハーブかな?
視線を搭屋のほうに向けてみた。
搭屋の窓にはカーテンが掛けられていたが、物凄い明るさの光が漏れていた。
覗きはいけないと分かりつつ、好奇心に勝てず隙間から中を覗いて見た。
なんと、搭屋の中は実験室みたいになっていたのだ!
壁際には机があり、試験管やら蒸留装置みたいなものが並んでいた。
水耕栽培で温室の草の苗を育てているスペースもあった。
そこはアクアリウムで使うような「メタハラ」で照らされていた。
10基近くはあったろうか?
趣味の園芸というか植物工場みたいな感じだ。
なんだ?隣人は何をやっているのだ?
なにか生物マニアなのか?
私の頭にはたくさんの疑問符が浮かんだ。
帰宅後、どうしても気になった私は、農大出身の友人に隣で見た物についてメールで相談した。
すると、まさかとは思うけどという言葉付で、
何枚かの写真が送られてきた。
植物、栽培装置・・・どれも隣家で見た物と同じだった。
写真と全く同じだと、友人に報告した。
しばらくたって友人から連絡が来た。
「それ大麻だ。警察に通報したほうが良いぞ」
後日、まさか隣人がそんなことと思いつつも、地元の警察署に連絡した。
すぐにパトカーが何台か来て、警官が家の中を調べに行った。
何時間かやり取りがあったようだが、隣人は警官に連行された。
やはり大麻を密かに栽培していたようだ。
私は目撃者ということで事情聴取を受けた。
警察によると、隣人は大麻を密かに栽培・加工していたという。
そればかりか、自宅の一角で会員制の大麻バーをやっていたそうだ。
そこでは大麻の即売会や交換会も行われていた。
夜間の人の出入りが多かった真相が、意外な形で分かった。
その後、隣人に会うことはなかった。
隣のビルオーナーは元隣人の親戚とかいう一家に変わった。
彼らが来て温室は撤去され、普通の花壇がそこにある。
その後は特に変わったことは起きていないが。
隣人がまさかそんな人だったとは、夢にも思わなかったよ。
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