すごく微妙な話で、道徳的に気分が悪くなる人がいるかもしれない。
あらかじめ謝っとく、障害者が出てくるけどそういった人たちを差別するつもりはありません。
俺の住んでる地域は、田舎ほど関係が密接でもなく、都会ほど我関せずでもなく、アパートなんだけど、なんとなく他の部屋の人のこと知ってるし、大家も同じとこ住んでてよく挨拶したり雑談したりするし、でも噂話とか悪いのに限って耳に届きやすい、そんな場所。
俺はそこに何年も住んでて、他の人もあまり出たり入ったりしないから、なんとなく下で顔合わせて、あー○階の××さんだーとわかって挨拶、顔見知りとはたまに立ち話もした。
そのアパートに一人おっさんが住んでた。
たぶん俺より前から。
そしてたぶん、娘と思われる女もいた。
その娘さんは見た瞬間、ああ知的障害のある人だってすぐわかる人で、奇声あげたり、ブツブツ何か言ってたり、すごい格好で外出たりとかあった。
ちょっと怖いなとは思ったけど、相手は女だったし、父親も何考えてるかわからん不気味な人だったから、極力関わらなかった。
どういう生活してるのかまではわからないけど、娘さんは月何日かこっちで親父さんと暮らして、それ以外はどこか別のとこで生活してるっぽかった。
んで、ある時、夜中にその娘さんが大声で喚いてるわけだ。
そういうこともあるけど、その日はもうずっと、俺が聞いてただけで1時間は休みなく騒いでた。
ドアをドンドン叩いたり蹴ったりしながら、
「開けろよーー!開けろ!!」
って騒ぐの。
父親に締め出されたにしても騒音迷惑すぎると思ったけど、やっぱり関わりたくない。
次第に同じ階の別の部屋のドアとかもたたき出して、
「開けてよ!開けてよ!」
って涙声なの。
その娘さん結構いい年なんだけど、口調が舌ったらずで、それで子供みたいに
「開けてよー」
て泣き叫ぶわけだ。
怖かったけどなんか胸も痛かった。
誰か別の部屋の人が警察呼んだみたいで、娘さんは連れてかれたけど。
翌日、耳にしたこと。
あの部屋の親父さん、亡くなってたそうだ。
ちょっと前に。
事故死って言ってたけど、状況的には自殺じゃないかって。
それを娘さんは知らずにいつも通り泊まりに来て、鍵を開けてもらえず騒いでいたらしい。
もうなんともいえない気持ちになった。
それから娘さんはまた来た。
今度は事情がわかってるから余計に怖いし悲しい。
ドア開けて出て、そこにお父さんはもういませんよって言ってやる勇気もない。
(恥知らずに本音を言えば、声かけて逆ギレされたらイヤだって思いもあった)
何日か娘さんは通ってきて騒いだけど、しばらくすると来なくなった。
ほっとしたのも束の間。
嫌な噂ばかり聞こえてくるもんで、娘さんが亡くなったそうだって聞いた。(死因は聞いてない)
他人事だってわかってるのに、強烈にあの「開けてよー」が記憶に残ってて落ち込んだ。
夜眠れなくなって、病院行ったりもした。
夜にドアの外遠くで
「開けてよー」
って声がかすかに聞こえる。
聞くたびに、開けてあげなくちゃって気になって怖い。
声が聞こえなくなるとすごい罪悪感で気分が悪くなる。
他の人も同じような経験でもしたのか、結構長く住んでたはずの人も一人二人と出て行った。
新しく入る人は、挨拶も会釈もしないで目すらあわせずすれ違う、ドライな若者タイプが多かったかな。
新規の人はあの出来事を知らないからか、特に何が気になる風でもなかった。
ほとんど口きかないから、ほんとのところはわからんけどね。
特に付近でホラースポットだと話題になることもなかった。
俺もさっさと出払えばよかったけど、懐事情とか仕事とかいろいろあって、ずるずる残ってた。
もしかしたら、もうあの
「開けてよー」
が聞こえてるのは俺だけかもしれないって思うと余計に出て行きにくかった。
だから
「開けてよー」
って声が近づいてるなと思った時は、どうしようか本気で悩んだ。
近くにくるとドンッドンッて叩く音もかすかに聞こえてくるようになった。
もし俺の部屋のドアを叩かれて
「開けてよー」
って言われたら、開けなくちゃいけないって本気で思った。
部屋が違うぞ馬鹿野郎とかこっちくんなとか勘弁してくださいとかもう頭の中ごちゃごちゃ。
ほとんど俺が病気みたいになってた。
んで、同僚A(妻子持ち)に
「2年以上も昔のことを未だ気にしてるのは異常だ」
って言われてハッとした。
なんかつい最近の出来事ってイメージがずっとあったけど、実際その出来事から2年は確実に過ぎてる。
もう幻聴ってレベルじゃない。
そもそも俺はそれまでこの
「開けてよー」
を神経過敏での幻聴だと思ってた。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
どっちにしろ俺が参ってたのは事実だってんで、Aが一日泊めてくれたんだ。
奥さんと子供いるのに。
そしたらその日は全然聞こえてこない。
「開けてよー」
が。
朝起きてからAにそう言ったら、
「じゃあやっぱりあのアパートにいるから聞こえるんだ。早く引っ越せ」
って言われた。
すごい当たり前の対応なんだけど、こうやって一晩泊めて貰った上でこの言葉だからね、俺(たぶん一生独身)ちょっと泣きそうだったわ。
決心ついて即行次探して手続きして引っ越した。
環境変えたおかげか、幻聴「開けてよー」もなくなって、不眠もだんだん解消されてきた。
憑いてくるタイプじゃなくてよかったって今は笑って言えるけど、もしあの「開けてよー」が俺の幻聴じゃなくて本当の霊現象だったなら、今もまだ「開けてよー」ってドアを叩いているのかな。
誰かそれが聞こえる人はいるのか、誰か開けてくれる人いるのか、誰も聞こえてないのに続けてるのか、考えるたびにどうしようもない罪悪感で息苦しくなる。
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