自分が勤めている会社の事業所は結構な田舎にあって、自分はそこから徒歩15分ほどの独身寮に住んでる。
先週、同じ寮に住む35歳の先輩(Aさんとする)が亡くなって、葬式があったんだが、Aさんと同期の先輩(Bさんとする)から聞いた、その死に関する話が自分的に洒落にならなかった。
そもそも、死に方が普通じゃないんだ。
事業所から寮へは、事業所の裏門を出て住宅街を抜け、県道に出て少し歩いてからまた細い道に入るというルートなんだが、その県道に直交して小川が流れていて、帰宅途中で橋を渡ることになる。
Aさんはその橋の下の浅い川に転落して、死んでいたということだ。
橋と言ってもちっぽけな橋で、歩道の欄干から川面まで、せいぜい3~4メートル程度。
足から飛び降りれば怪我すらしない高さだが、Aさんは頭から転落し、川底に頭を強く打って死亡したらしい。
現場には争った後もなく、自殺だとしてもそんな場所を選んで自殺するとは考えにくい。
また、遺書などもなかったらしい。
警察としても事件性があるという判断はしなかったようだが、どうにもおかしいと思っていた。
住んでいる町から30キロほど離れたAさんの実家で、行われた葬式はつらいものだった。
35歳の一人息子を亡くしたご両親の様子はもう、見ていられないものだった。
また、車に乗せてくれたBさんも、Aさんとはとても親しかったそうで、本当に悲しんでいた。
自分は正直、Aさんとは個人的なつきあいはほとんどなかったのだが、ご両親やBさんを見ていると、胸が詰まってつらかった。
そして、葬式の帰りのこと。
Bさんはなんだか精神的に参っているようで、自分が運転を代わろうかとも思ったんだが、
「大丈夫だ」
とのことで、行きと同じく運転してもらっていた。
しかし、途中、Bさんは不意に車を路肩に停めて、嗚咽し始めた。
「Aは殺されたんだ」
えっ?と言葉に詰まっていると、Bさんはぽつりぽつりと話し始めた。
事の起こりは、Aさんの死から2週間ほどさかのぼる。
その日、AさんはBさんや他の仲の良い同僚と、事業所の正門前にある飲み屋で、11時過ぎまで楽しく飲んでいたらしい。
おひらきになって、飲んでいたメンツはタクシーやら代行やらで帰宅し、Aさんは徒歩で事業所を通り抜け、裏門を出て事業所裏の住宅地ににさしかかった。
田舎なので街灯があまりない暗い道を歩いているとき、ふとAさんは違和感を感じてある家の塀を見た。
塀の上に顔だけ出して、Aさんを見ている人間がいた。
思わず立ち止まってしげしげと眺めると、それは40ぐらいの女だったが、その表情が異常だった。
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべて、Aさんを見ていたらしい。
Aさんは、なんだこいつ?と思ったが、その家に住む精神を病んだ女なのだろうと判断して、興味を持たれても困るので、目を合わせないようにして、その塀の脇を抜けて行った。
塀から数メートル離れてから振り返ると、女はやはりAさんに向けてニヤニヤ笑いを浮かべ続けていたそうだ。
Aさんはせっかくの楽しい気分も台無しになって、胸糞の悪い思いで帰宅した。
週明けにAさんから話を聞いたBさんは、
「関わり合いにならないように気をつけろよ」
と助言して、その話はそれっきりになったはずだった。
しかし、四日後、Bさんは切迫した顔つきのAさんから、帰社後に例の飲み屋で話を聞いてくれと持ちかけられた。
何か尋常じゃない雰囲気を感じたAさんは、その日に済ませたかった仕事を翌日に回して早めに帰社し、飲み屋へ向かった。
「何があったんだ?」
「あの女がまたいた!ニヤニヤと俺を見てやがった」
「どこで?」
「東京だ。山手線に乗っていたら、反対側のホームの人混みの中で、ゴミ箱の向こうから顔だけ出して、また笑ってやがったんだ」
話によると、日帰り出張の帰りの電車の中でそれを見たらしい。
電車はもう動き始めていたため、どうすることもできなかったとのことだ。
Bさんはここにいたって、Aさんが何か精神を病んでいる可能性を疑ったらしい。
その精神異常者の女がAさんに執着したとしても、部外者にAさんの出張日程や出張先など分かるわけもなく、尾行していたとしても、Aさんがいつごろそこを通るか、どの車両に乗っているかなどを、
考えて先回りするなど不可能なはずだ。
その女はAさんの幻想なんじゃないのか。
「お前、何か悩んでいるんじゃないのか?」
しかし、Bさんがそう聞くと、Aさんはその女のこと以外に悩みなどないと言う。
実際、Aさんは仕事も充実し、プライベートでもとても楽しそうにしていたそうだ。
Bさんは訳が分からないながらも、
「とにかく、そいつを見つけても危ないから近寄るな」
としか言えなかったという。
しかし、さらにその数日後、Bさんもそれを見てしまうことになる。
その日、Aさんと一緒に、事業所の正門の近くにある中華料理屋に、昼食をとりに向かっていたときのこと。
突然Aさんが立ち止まり、無言で前方を指さした。
Bさんがそちらを見ると、いた。
数十メートル向こうの家の塀の上に、こちらをニヤニヤと見ている女の顔。
無性に人をいらつかせるその笑顔を見ながら、Bさんは数秒間固まっていたが、急にムラムラと怒りがこみ上げて、Bさんはそいつを問い詰めてやろうと走り出した。
しかし、女はすぐに顔を引っ込めてしまい、その敷地に無断侵入して裏まで探したが、もうどこにも姿は見えなかった。
女が実在することが分かって、Bさんも対処を考えたが、ストーカーとして警察に通報しようにも、何も立証するものがない。
どうしたものかと数日考えていたところ、夜自宅にいるときに、突然Aさんから電話がかかってきた。
『助けてくれ!あいつは人間じゃない!』
「どうした!?何があった?」
『あいつが俺の部屋に来たんだ!』
「マジか!?今どうしてるんだ?」
『外に出た。お前の家に泊めてくれ!』
「分かった、ローソンのとこで待ってろ」
Bさんは奥さんにそのことを伝えてから、ケータイでAさんと話し続けながら車に乗り、県道沿いのローソンに向かって車を走らせた。
道中、何があったかについて、Aさんから聞いた話は次の通りだった。
Aさんが帰宅して風呂に入り、Tシャツに半パンで部屋に戻り、ベッドに腰掛けてメールを見ようとケータイを手にしたとき、それが目に入った。
ジャケットやシャツなどを掛けているハンガー(平行な棒に洋服をかけるようなもの)の服と服の間から、再びニヤニヤ顔だけを出していたそうだ。
しかし、並んだ洋服の下に見えるはずのそいつの下半身が見えない。
それにビビリながらも怒りの方がまさって、Aさんは
「てめえ!」
と叫びながら脇の洋服をどけた。
そこには顔しかなかった。
ニヤニヤと笑う女の顔だけが空中に浮いていた。
転がり出るように部屋を出て、手に持っていたケータイで、とにかくBさんに電話をかけたのだという。
そして、そこまで話したところでAさんは突然黙った。
「…おい、どうした?」
とBさんが聞いたとき、『うおおぉぉぉぉぉっ!』という叫び声と激しい衝撃音を最後に、Aさんは何も言わなくなった。
激しい胸騒ぎを憶えつつ、Bさんは車を飛ばしてコンビニに着いたが、Aさんの姿はそこにはなかった。
車においてあった懐中電灯を手に、走り回って周辺を探したところ、例の橋の歩道に落ちているケータイを発見し、まさかと思いながらその下の川面に懐中電灯の光をあてたところ、倒れているAさんを見つけたという。
駆けつけた警官にも、その後の事情聴取や現場検証でも、Bさんは何度もその一部始終を話したが、取り合ってはもらえなかったそうだ。(むしろ疑われたようだと言っていた)
その女の正体も全く分からないし、なぜAさんがそんな目に遭ったかも全く分からない。
その女を見てしまったBさんも、同じ目に遭わないかが心配でならないが、今のところ大丈夫のようだ。
それにもまして怖いのは、自分の住んでいるこの建物にそいつが来たらしい、という話だったりする。
今のところ何も見てはいないが。
ボボストカーが怖い