俺は毎年7月の下旬頃、平日に有給休暇をとり湘南に海水浴に行っている。
それも一人で。
土日は人多いし、彼女とか友達とかいっしょもいいけど、一人のほうが、一日砂浜に寝そべってビール飲んで、日ごろの雑多なこと忘れることができる。
だから毎年、自分の恒例行事にしている。
ビール飲むんで電車を使う。
E電を降りてE海岸に行くまでの一本道に、多くの食堂やショップが並んでいる。
その中の一軒の食堂に、俺は遅い朝飯をとるため入った。
平日とは言え、学校は夏休みに入っているため結構込んでいた。
隣の席は、母と娘の親子連れだった。
娘は小学校3~4年生くらいか・・・。
一人でメシ食っていると、聞くつもりはないが、嫌でも隣の席の親子の会話が耳に入ってくる。
「お母さん お父さんと離れてどれくらいたつ?」
娘の質問に、母親は辛そうな声で答えた。
「・・・もう4年になるわね」
ああ、父親は単身赴任なのか。
それとも、何らかの理由で別居とかしているのかな。
俺はどうでもいい想像をめぐらせ、生シラス丼を食べていた。
「お父さん、淋しくないかな?ユカとお母さんとずっと離れ離れで、淋しくないかな?」
ん?単身赴任じゃないな。
単身だったら年に何回か帰省するだろうし、『ずっと』離れ離れってことはないもんな。
「お父さんは強い人だから大丈夫よ。きっと元気よ」
『きっと』?・・・ああ、離婚したんだな。
それで母娘で海水浴か。
なんだか淋しいよな。
そう思いながら、俺は渋いお茶をすすった。
俺はレジをしようと立ち上がった時に聞こえたその母娘の会話に、少なからずショックを受けた。
「お母さん。お父さんは別の世界でも、タバコやめてないのかな。ユカはやめてっていつも言ってたのに!」
「どうかな。でもお父さん、それくらいの楽しみもあってもいいんじゃない」
ああ、父親死んじゃってたんだ・・・。
その後俺は海岸に行き、海パンに着替え、さっきコンビニで買い込んだ缶ビールをプシュって開けて、しばらく海を眺めた。
「あーやっぱ海はいいいな~」
俺はさっきの母娘のことなんか当然忘れて、つかの間のバカンスを満喫していた。
何時間かたったか・・・。
ふと2~3メートル先の横を見ると、さっきの母娘がビーチパラソルの下にいた。
よく見ると、その横に中年の男がいた。
二人で来てたんじゃないのか?・・・それとも母親の再婚相手かな・・・
なんとなく興味が沸いて、しばらく横目で見ていた。
母娘とその男の3人は、どう見ても家族にしか見えなかった。
ああ再婚したんだ・・・それとも愛人とか・・・
仲が良い3人を見ながら、俺は2本目の缶ビールを開けた。
ん?それにしちゃ、何でさっきの食堂にこの男いなかたんだろ?・・・砂浜で合流したのかな?
何か腑に落ちない感覚にとらわれた。
そのうち母と娘は、手をとって浮き輪を持って海に向かって行った。
砂浜には中年の男一人になった。
俺は波間で戯れる母娘を見ながら、妙な思いが突然浮かんできた。
そして日差しの強烈な海辺にかかわらず、寒気がして鳥肌がたった。
はっ、もしかしたらこの男・・・ひょっとして死んだ旦那じゃあ?・・・
俺は恐る恐る横の男を見た。
男もこっちを見ていた。
「うっ」
俺は思わず声が出た。
男はくわえタバコをしている。
そしてタバコをくわえたまま、砂浜を四つんばいで俺に近づいてきた。
うわっ、来るな、やめてくれ。
俺は心の中で念じた。胸がバクバクする。
でも近づいてくる・・・。
俺の目の前まで来て男は言った。
「すみません。火、貸してもらえますか?」
俺はマジマジと男を見た。
幽霊でも何でもない。
ただのおっさんだった。
ジッポで火を点けてやった。
そして俺は、恐怖から解放された反動か妙に饒舌になり、その男と他愛もない世間話をした。
しばらくしてその男が言った。
「でも、こうやって一人で海でゆっくりするっていいもんですね」
「そうですね・・・でも、そちらさんはご家族連れでうらやましいですよ。僕なんか一人もいいけど、たまには友達と海でワイワイやりたいですね」
社交辞令で俺は返した。
その言葉の後、男はしばらくジーっと俺の顔を見ていた。
カーって眼を見開いていた。
俺はその顔にギョッとした。
そして男は重々しくこう言った。
「・・・家族連れってどういうことですか・・・何かの嫌味ですかね・・・女房と娘はもういません・・・4年前の丁度この日に他界したんですけどね・・・」
は?だって・・・さっきまで横に・・・と言いかけて俺はハッとした。
男の尻の下にあった、三人くらいのスペースに広げていたマットがなくなっている。
男は地べたの砂浜に座っている。
バッグやポーチとかもなくなっている。
パラソルもない。
男はジーっと俺を見ている。
俺はあわてて海にいるであろう母娘の姿を追った。
家族連れがたくさんいるので見つけにくい。
しばらくさがし続けた。
・・・でも、その母娘を見つけることはできなかった。
俺は隣の男のほうを見た。
いない・・・帰ったのか。
男が去った砂浜に、タバコの吸殻が突き刺してあった。
あの母娘は幽霊だったのか?
いやそんなことはない。
俺ははっきりあの二人の会話を聞いた。
そもそもこの世の中に、幽霊なんているはずないじゃないか・・・。
そのまま俺はビールの酔いと思考回路めぐらせた疲れか、そのまま浜辺で眠りに落ちた。
それから1週間、あの家族が気になってしょうがなく、図書館に行き4年前のその日付の新聞をあさった。
気にし過ぎかもしれないが、何かそれっぽい記事が出てたらちょっとびっくりするな。
例えば、母娘が交通事故とか、海でおぼれたとか出てたら、凄い話なんだけどな・・・。
俺は興味本位っていうか、刑事かなんかになったつもりで社会面を開いた。
・・・絶句した。
『母娘包丁で惨殺 現場近くで夫首吊り・・・警察は夫と妻と子の殺害の関連について調べている・・・』
ぞっとした。
記事の横に3人の顔写真があった。
俺はあわててその写真を指で隠した。
見たくなかった。
そして思った。
来年からE島に行けないな。
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