俺は岩手のあるド田舎に住んでるんだが、そこの話。
俺は小学校時代に郷土史に興味を持って、町立図書館とかから郷土史の本を借りてきたりしてた。
で、小学校六年の夏休み、町内にある古墳だとか、奥州仕置以前まで城が建ってた場所なんかを回って、 それを夏休みの自由研究にしようと思った。
で、研究のために自転車で回れる範囲のことを調べてたら、本の中に面白い話を見つけた。
俺の住んでる町に熊野神社があるんだが、その歴史と由緒についての話だった。
さらに面白かったのは、現在その神社が建ってる場所は三代目で、もっと昔は別の場所に建ってたんだと。
さらに驚いたのは、その神社は現在の場所に移される前、なんと現在俺ん家の畑がある場所に建ってたらしい。
興奮した俺は、仕事から帰ってきた親父にそのことを尋ねてみた。
すると親父は
「言わなかったっけ?」
みたいなことを言って、話し始めた。
その神社は江戸中期ぐらいに、京都だかどこだか(いずれ関西方面)から御神体を譲り受けて来て、建立されたらしい。
最初は俺の実家の近くにある山の山頂に建立されたらしいんだが、とてもじゃないが年寄りは登れないような山だ。
だから江戸時代末期頃にその御神体を山の麓に下ろして、そこに新しいお宮を建立した。
つまり、俺ん家の畑に建ってたのは二代目なんだそうだ。
しかし、なにぶん山の麓に建てたものだから、狼が怖い。
それで結局、山から遠く離れた現在の場所にお宮を移したんだそうだ。
それが現在の神社だという。
そのうち家族全員が帰ってきて、親父の晩酌しながらの講義が始まった。
俺んちの畑はある里山の入り口にあるんだが、そこにちょっと開けた竹林がある。
「神社は大昔そこに建立されてた」
と親父は説明してくれた。
「昔タケノコ掘ったりすると、六文銭だかなんだか、とにかく古い小銭が出てきてな。子供の頃拾って集めてきたもんだ。珍しかったからなぁ」
親父はそんな風なことを言ってた。
今もその山頂には小さいけれどお宮があって、 俺の亡くなった祖父は、延々と山を登って周辺を掃除したりしてたらしい。
ちなみに、親父が子供の頃拾った古銭は今も家にある。
時代劇に出てくるような、あの小銭を思い浮かべてくれればいい。
いいくらいに酒も進んできた親父が、
「ところでなんでそんな話知ってるんだ?」
と俺に聞いてきた。
俺は郷土史の本に書いてあったと言ったら、
「他にどんなことが書いてある?」
と聞いてきた。
親父も興味が出てきたようで、俺はその郷土史を開いて該当箇所を読み聞かせた。
大体こんなことが書いてあった。
・大昔から飢饉が多かったから、当時の人々は神仏に助けを求めた。
・神社の御神体は関西方面から貰われて来た。
・非常にご利益があるご神体らしい。
・山頂から下ろされてきた時、俺の家の近所の家(仮にA家)がその神社の『守り』になった。
読んだら、親父の顔色が急に変わった。明らかにピクッという感じで、酒を飲む手が止まった。
「その守りってどこの家だ?」
と聞いて来たので、もう一度
「A家だ」
と俺が言ったら、
「ああ……」
と何か納得したような顔になった。
しかし、依然として表情が強張っていた。
その家は、俺の家から数キロ離れた場所にある家で、俺の家とはあんまり関係がない。
しかし、親父の反応が気になったので、俺はどうしたと問いただしたんだけど、親父は答えない。
明らかに話すのを嫌がってる感じだった。
けれど、俺がなおもしつこく問いただしたら、下を向いてポツリと呟いた。
「あの家、今もよくねぇもん」
『良くない』というのは、東北の田舎なら『悪い』というニュアンスになる。
俺がどうよくないんだと聞いたら、親父が何か覚悟を決めたような顔になって、
「俺も良くは知らねぇ」
と前置きしてから話し出した。
親父の話によると、その家は俗にいう『村八分』みたいな状態になっているとのこと。
『村八分』というと語弊があるけど、とにかく周囲の家は、A家とあまり深く付き合いたがらないし、A家も周囲の家と付き合うのを拒んでいるらしい。
言うなれば、一軒だけ被差別部落状態。
知っての通り、東北には被差別部落は存在していないのにも関わらず。
「どうして」
と聞いたら、どうもその『守り』というのにいわくがあるらしい。
関西からその神社のご神体が貰われて来たとき、この地方にご神体と一緒に、何か『良くないもの』も一緒に持ち込まれたのだという。
無論、その『良くないもの』までが、ある種の呪物なのか、それとも風習とか文化のことを指していたのか、そこまではわからないけど、とにかく『守り』というからにはちゃんとした物だと思う。
親父は、
「なるほどな……A家だったのか……道理で……」
と、しきりに頷いていた。
つまり、その本と親父の話を合わせて考えると、その神社とご神体、それとその『良くないもの』を外に出さないように、『守る(管理する)』家の末裔が、A家ということになる。
しかし、親父から言わせればそれは違うらしい。
狭い田舎のこと。
A家だけに皺寄せが行くのはどうもおかしいし、それだけでハブられるのもおかしい。
「大昔、この辺りの人々は、元々根無し草だったA家の先祖をこの地に住まわせる交換条件として、 その『良くないもの』の管理する役目を、A家の先祖に押し付けたんだろう」
と、そういうことを言っていた。
親父もその『良くないもの』が何なのかは知らないが、
「それはかなり力があるものだ」
とも言った。
どうやらその『良くないもの』は強い呪いを振りまく、ある意味、神仏にも近いものらしい。、
無論、A家がその役目を遂行している限り、一族にいい影響は出ないだろう。
しかし、A家はそうでもしなければ住まわせてもらえなかった。
まさにこの辺りの事情は、『コトリバコ』と同じなんだろうけど。
「この辺りは飢饉ばっかりだったろ?だから神仏にすがろうと思って、神社を持ってきたんだろう。なんでそんな『良くないもの』まで持ってきたのかは知らないし、知らないほうがいいと思う。けどな、昔から言うべ?いいものと悪いものは一緒に持ってないと効果が出ない。だから持ってこなくちゃならなかったんだろうけどよ……」
親父はそう言って、今度こそ口をつぐんだ。
親父以外の家族は顔を見合わせていた。
しかし、ばあちゃんだけはやっぱり親父と同じように顔を伏せていた。
実はA家は跡取り息子がいわゆる『その道の人』で、借金に借金を重ねているという噂があった。
そういう噂があったから、親父の話には説得力があった。
もう10年以上前の話だし、今もその神社には毎年初詣に行く。
俺の実家と神社には直接しこりはない。
けれど、やっぱりA家だけは違った。
三、四年前に、A家は破産して一家離散してしまった。
今A家の家には新しく来た人が住んでいるけど、その『守り』の役目がどうなったのか、 その『良くないもの』の管理がどうなったのかは、今もわからない。
コメントを残す