高校3年の時、全く顔に表情を出さないクラスメイトがいた。
べつに変な行動をするわけでもなく人に迷惑をかけるわけでもない。
授業中教師に指されればいつも「わかりません」と答えていた記憶がある。
中学時代の同級生に聞いてみても昔からあんな感じだったよ、の一言。
ある種の精神病なのかな?、とみんな納得していた。
話はしない。だからといってイジメなどはしない、みんな大人だった。
故に彼の怒った顔や泣き顔をみることもなかった。
おっさん顔した地蔵だった。
自分の通っていた学校は男子校で、毎年10月頃に球技大会があった。
しかも3日間、かつ全員参加。ソフト・バスケ・バレーなど数種目をトーナメントもしくはリーグ戦で行い、順位点を決めていた。
早々に競技の日程を終えた者、敗れた者は他の種目の応援に回る。
学校周辺の遊び場には教師が待ち伏せ、校外脱出を図ったものは捕らえられる。
ごく一部の校外大遠征を試みる者を除いてほぼ全生徒が競技か応援か、校内でうだうだしていた。
彼は(ここでは仮名で”田中”とさせてもらう) 卓球の選手として球技大会に参加していた。
同じ体育館でバレーに参加していた私と友人達は競技に負けてしまい教室に戻って休もうとした時、ちょうど彼が試合をしているのを見かけた。
同じく卓球選手として参加していたクラスメイトが応援していた。
私達も応援に合流する。完全に義理だけど。
ただ、動いている田中の姿は物珍しい感じがした。
試合はまだ序盤だった。田中は元卓球部とのこと。
ふーん。
相手の動きを見る。卓球経験者かな?
勝ちまでは無理だろう、という気がした。
しかし意外にも点差は開かない。ラリーも続く。
やるじゃん。
よーしちゃんと応援してやるからな。
周囲の応援に熱がこもりだす。
田中が長いラリーを制すと歓声。
田中コールも起きる。
ん? 人が増えている。
どうやら お笑い系メンバー多数を抱えていたバレーチームを応援するつもりで体育館に来たらしい。
ごめんな、負けちゃって。
股間レシーブ見せてやりたかったよ。
新たに現れた者は点差を見て、一様に戸惑いと期待の表情を見せていた。
田 中 勝 て る ん じ ゃ な い の ?
みんなその場を離れず応援に加わる。
— 気がつくと田中応援団は20人近くに膨れ上がっていた。
試合は終盤までもつれた。ここで田中がリードした。
「いいぞ!!」
「yeahhhhhhhhhhhhhhh —- 」
大田中コール発生。
そんな中、誰かが叫んだ。
「田中ガッツポーズ!!」
何気ない煽りだ。
うん、でもそれは田中のキャラに合わんだろ。
— しかし彼は右拳を固め右肘を折りたたみ少し前方に突き出した。
「えっ?」 みんなの視線が集中する。
控え目ながらも田中がガッツポーズしている。
表情は変わらないが。
「田中もう一回ガッツポーズ!!」
再び誰かが叫ぶ。
煽りじゃない、 ヒーローに対しての要求だ。
彼はもう一度右拳を固め右肘を折りたたみ、はっきりと前方に突き出してくれた。
しかも笑顔つきで。
田 中 が 笑 っ た ! ! ?
ありえねーよ、これ。奇跡?
「田中が笑ったー!!」
誰かの声がする。
我に返る。
そこからは祭りだった。
トランス状態。
大歓声がこだまする。
男同士で抱き合って肩を叩きあっているヤツまでいたよ。
冷静に考えると変な景色だろうな。
偶然か?担任の教師がやってきた。
「田中が笑ったんです!!」
誰かが告げる。
担任も驚く、一言笑顔で
「良かったな」
みんなすっきりした表情をしていた。
心のどこかにひっかかるものがあったんだろうね。
正直試合の勝ち負けははっきり覚えていない。
10年も前のことだから。
試合展開も本当はあやふやだよ。
でもクラスが優勝したことは覚えてる。
祝勝会もした。
彼がその場にいてくれたかどうかはわからない。
俺、部室で麻雀打つのに夢中で参加し損なったから。
未だにこのことは突っ込まれるよ。
その後の短い学校生活において、彼が笑顔を見せたことがあるかどうかのはっきりとした思い出はない。
でも何度か笑っていた気はする。
それは自信を持って言える。
別に変なことじゃない。何故なら彼は笑うことができるのだしそれはもう特別なことじゃなくなったのだから。
最後に一言
田中 Good Job
当時の仲間達にも Good Job
?