それは俺が小学校4年生ぐらいの時だったと思います。
そのぐらいの年頃っていろいろ自分の中で決め事って作りませんでした?
いわゆる「ジンクス」っていうんですかねえ。
『横断歩道は白いところだけを歩かないと今日は良くないことがある』とか『自転車にのって学校から家に帰るまで一度も足をつかないといいことがある』とか。
それは本当に自分の中だけで決めたものもあれば、友人との話の中から生まれたもの、「口裂け女のポマード」(古っ!)のように雑誌などから知ったもの。
本当にいろいろありました。
そんな中、俺が一番信用していたものがありました。
それは「目の前を黒猫に横切られたら…」というものです。
「目の前を黒猫が横切ると良くないことがある」というのはまあ一般的に不吉とされている迷信ですよね。
これを防ぐと言うか、横切られても不吉なことが起きないようにする「ある」行動があったんです。
これはなぜか必ず実践していました。
近所で何匹も猫を飼っている家があり(黒猫もいました)自分自身あまり猫が好きでないという事がそのジンクスを信じさせる理由であったように思います。
その行動とは、とても簡単なことです。
「横切られたら13歩後ろ向きで戻ってから歩き出す。」
こうすれば、その後不吉なことが身に降りかかることは無い。
確か何かの本で読んだんだと記憶してます。
ある夜、始めたばかりの部活の帰り道、すっかりあたりは暗くなっていました。
大きな通りは友人何人かで帰ってきますが、自宅の方へと向かう小道からは一人。
小道に入ってから周りはご近所が数件あるだけの街灯も少ない寂しい道です。
が、ほんの100mぐらい歩けばすぐに家です。
「じゃーなー」
「おお、また明日!」
挨拶を交わし友達と別れ、ふと空を見ると昇りかけの月。
(ネタではなく)今まで見たことのないような真っ赤な月でした。
背筋がゾクっとして何かいいようのない不安感に包まれました。
「う~気味悪ィ~早く帰ろー」
テクテクテクテク……
いつも通っている道とはいえ、一人で夜道と言うのはあまり経験の無い年頃でしたので足早に家に急ぎました。
そして自宅の四軒隣のたくさん猫を飼っているSさん宅と、その隣のWさん宅を通り過ぎる時、目の前をサーッと猫が通り過ぎました。
「うえ~黒だったよ…ついてねえなあ。」
暗い帰り道、早々に家に帰りたいのはやまやまですが、もちろんです。
ジンクスを信じている私はピタッと足をとめ、後ろ向きに歩き出しました。
「1・2・3・4・5…10歩・11歩…」
13歩戻ったと同時でした。
「…猫かい…?」
自分のすぐ後ろから声がしたのです。
ドキッとしました。
くるっと振り返ると目の前にその声の持ち主、Wさん宅のおばさんがいました。
『いつの間に後ろにいたんだろう…さっきまでは誰もいなかったのに…』
『猫かい?って見てたんだろか?でも黒猫が通り過ぎた時はおばさんはいなかった…』
そんなことをグルグルと頭の中がめぐっていました。
「うふふ。猫なんだろ。」
暗闇の中でWおばさんがニタリと笑いながらまた言いました。
よく見ると何かいつものWさんとは違う顔をしています。
もともと目の細いひとでしたが、目じりがキッとあがっていて『猫みたいだ…!』瞬間的にそう思いました。
ニヤッとした口元もやけに赤く大きく見えました。
『何かいやだ!13歩戻ったし急いで帰ろう!』
「え、ええ。それじゃ…さよなら」
それだけ言って家に向かってダッシュしようとした時!
「ねぇこぉ!あーっはははははははははっ!!!」
「あーっははははははっ!」
いきなりおばさんが大声で笑い出したのです。
『怖いっ!』
暗闇での笑い声。恐怖が完全に体を支配していました。
もう後ろを振り返る余裕はありません。
体中に鳥肌を立てながら全速力で走りました。
遠ざかりながらも笑っている声が聞こえてきます。
「…アーッハハハッ…」
とにかく走りました。
時間にするとホントに十秒ぐらいだったと思いますが、『早く家に!早く家に!』とだけ考えていました。
そして…
「ただいまっ!はあはあ…」
家に飛び込み息を弾ませている私を見て母がきょとんとしてこう言いました。
「どうしたの?猫?」
母の言葉は多分本当に偶然だったのだと思います。
「どうしたの?猫?」
という言葉にはかなりビビリましたが、(目立って嫌悪感をあらわにしていたつもりは無いのですが、私が猫嫌いって知ってれば納得です。)
その後「早く着替えてご飯食べちゃいな!」「ほらほら、なにぼーっとしてんだよーお風呂に入って!」
など、さっきの出来事は何か勘違いだったんじゃないかと思わせてくれるぐらい母はいつもの通りで私をあっという間に現実に戻してくれました。
(まあ、別に幽霊見たって訳ではないしな…。何度か黒猫に横切られて後戻りしたことあるし、それを以前Wおばさんに見られてたのかも。そりゃ笑われるか…俺もビビリだなあ。)
そんな風に思ってその日はぐっすりと寝たのでした。
そして翌日
休日午後、居間で昼寝をしていると何やら話し声がするので目を覚ましました。
「あら~わざわざ。」とか「わたしも行きたいわ~」とか玄関口で母が誰かと会話しているようです。
むくっと起きて玄関口に向かうと
「それじゃあ、どうも~」と誰かが帰っていくところでした。
「誰~?」
「ん~Wおばさんだよ~」
昨日の今日だしドキッとしました。
なんだよ~わざわざ昨日の俺の事でも話に来たのかよ、とも思いました。
恥ずかしいじゃんかよ。なんて感じで。
しかし、母の言葉は自分をまた恐怖させるのに充分でした。
「Wさんち、家族でおとといから温泉に行ってて今帰ってきたみたい。早速御土産もらっちゃって…」
じゃあ昨日会ったWおばさんって誰?
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