東京・四谷にある上智小劇場は、上智大学の中にある小さな劇場です。
大学の中でも一番古い建物である、一号館のどんづまりにあるこの劇場は、かつてチャペルとして用いられていたのですが、大学紛争時に、学生が演劇活動をするための場所が必要であると、先日退官されたある神父様が意を決して黒塗りにしてしまったという、いわくつきの場所です。
この劇場に足を運ぶと、そんな往時のチャペルを思わせる内装が目に付きます。
客席を寸断するように並ぶ太くて四角い黒い柱には、チャペルの装飾が施してあります。
実際に芝居をやる僕たちにとっては、ちょっと邪魔っけで、でもなんか伝統を感じさせてくれるような、不思議な空間を形作るものでした。
劇場には人の気が集まりやすく、いろいろな怪異も起こりがちだと言いますが、この上智小劇場もご多分に漏れず、様々な話が伝えられていました。
幼児が客席を走り回って、黒い柱の中に消えたとか。
一人で舞台に残って稽古をしていて、気配を感じて振り返ったら、無人のはずの客席に満員のお客さんがいたとか。
しっかり固定したはずの重い照明が、さっきまで役者が座っていた舞台の真ん中にいきなりガシャンと落ちてきたりとか。
そんな場所なので、僕たちは必ず、舞台稽古に入る初日には、舞台に向かって右側、上手の隅の暗がりにお神酒を備え、舞台の無事と成功をお祈りしたのでした。
カトリック系の大学なのに変な話ですよね。
その時一緒に舞台に上がっていた女の子の中に、感じやすい人がいました。
僕と同じ新人です。彼女ももちろん、神妙な顔でお祈りに参加していました。
しかしその翌々日、舞台稽古に入って3日目、いよいよ明日は本番という日の夜7時頃だったでしょうか、稽古中突然、舞台袖の暗がりで、大声で叫んだのです。
「嫌ァ!」
彼女はそういうと腰を抜かして、大声で泣き崩れてしまいました。
舞台監督をしていた先輩も、ただならぬ雰囲気に稽古を中断し、腰を抜かした彼女をとりあえず照明の当たる舞台中央へと運んできました。彼女はガクガク震えていました。
「あそこ、こわい…なんか、なんかいた気がする!」
と半狂乱です。
先輩たちは、結構こういうことに慣れているのか、彼女の肩を抱いて慰めます。
「大丈夫だから、悪さはしないから」
しかしこの時初めて舞台を踏む僕は、彼女が泣いている姿がかわいそうで、そして彼女を泣かせた存在にマジでむかついて、彼女が怖がった場所にずかずか入っていくと、「どっかいけ馬鹿野郎!」と暗がりに向けて大声で叫んだのです。
先輩たちは呆れ顔でした。
その後は彼女も、いろいろ気配を感じつつも落ち着きを取り戻しました。
怪異があろうとなかろうと、舞台の初日は待ってはくれないので、みんなで深夜まで毎日稽古を続けていました。
あっという間に初日、そして楽日(最終日)です。
舞台が進んで、僕の出番。
かれ気味の声をだましだまし出して演技をし、なんとか終了。
あとは曲が鳴って、暗転の間に暗闇を5歩歩いて舞台から退場するだけです。
みんな無事に最終日までやり遂げることができた、お客の入りも悪くなかったし、よかったなぁと思ったその時でした。
真っ暗闇の中で、僕の右足が空を切りました。
あるべきところに床がない。
落ちる…と思うまもなく僕は2m近い高さのセットの裏の床へと転落。
ものすごい音がしましたが曲にまぎれてなんとかごまかされました。
僕はそのままセットの裏で、激痛で動けないまま転がっていました。
結果、右足首捻挫。
ぱんぱんに腫れ上がって松葉杖なしでは歩くのもままならない状態。
楽しみしていた打ち上げにも参加できずに、一人寂しく帰りました。
でもこんな軽症で済んでよかったです。
僕の頭の数センチ脇には、セットの裏の五寸釘が何本も出ていたのでした。
以上、
「女の前だからって粋がると大変な目にあう」
という話でした。
実話だけどあんま怖くないね。
長文スマソ
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