学生時代に住んでいたボロアパート。
子供の頃から何かと辛く当たる親についに切れ、殴り合いの大喧嘩の末、
バイトで貯めた貯金をはたいて家出同然に出てきた。
家賃が凄まじく安いかわりにほとんど日の差さないようなところだった。
意地で学校は辞めなかったから、早朝バイト、昼中学校、夜遅くまでバイト、と疲れてたけれど、
「いつまで寝てるんだ!」
「何でこんなに早く寝るの!」
という罵声におびえずに眠ることができ、粗末ではあったけれど
「何でそんな嫌そうに食べるの!だったら今日は何も食べるな!」
と怒鳴られることなくゆったりとご飯を食べることができた。
風呂に好きなだけつかれたのも初めてだった。
それに、大家のおじいさんおばあさんが本当に優しくしてくれた。
すぐそばで酒屋さんをしていて、家賃を払いに行くと
「お酒飲む?店のもので悪いけどって
ビールやおつまみ、調味料やはては「夕食の残りだけど」とおかずもくれた。
風邪引けば病院連れて行ってくれて、お粥や玉子焼きを差し入れてくれた。
熱のある身体で動かなくてもいい、という幸せを初めて知った。
就職して東京へ行くことになり、アパートを出るとき、
「綺麗に住んでくれたからいいよ」と、わずかだったとはいえ敷金を全額返してくれた。
それどころか、「就職のお祝い」とビール券までくれた。
あれから10年。
たまたま大学のある街を訪ねる機会があった。
大家さんが経営していた酒屋も、アパートも月ぎめの駐車場になっていた。
何があったのかは判らずじまいだった。
今はあの部屋よりずっと綺麗な部屋に住んでいる。
けれどあの部屋が無性に懐かしくなる。
初めて安息と、人の優しさが身にしみたあの部屋が。
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