妻とは学生時代から共に人生を歩んでいる。振り返ると結婚生活も10年近く。
互いに身体に異常は無いが子供ができないまま過ぎた約10年…
思えば借金をして居酒屋を開業させ丸6年、始めの頃は片田舎ということで、常連さんの集まる店となり頑張った甲斐もあり、それなりに夫婦2人で生活できていた。
ところが1~2年前から駅前の相次ぐ再開発で商業施設ができ、大手居酒屋チェーン店が続々と出店し、この頃からお客様の数が激減し常連客1人、お店の経営どころか夫婦2人が生活することさえ難しく、借金返済と生活苦で昼間も共働きの生活を余儀なくされた。
昼・夜と働いているうち私は、精神的にも参っていた頃に体調も悪くなり病院に行くとストレスと疲労からくる胃潰瘍と診断され悪化するようなら手術しなければならないと医者に言われた。
夫婦で会話することだけを支えにして必死に頑張っていたのだが妻も心労、疲労から徐々に元気がなくなっていく…。
どうにかしてこの生活から抜け出し、再び妻の心にゆとりを持たせてあげたいと考えていたのだが方法はなく思い悩んだ。
何度も何度も考えた末、「これ以上妻には…」と気付けば天井の電気にロープを吊し、首をかけていた…。
なにかあったときのためにと生命保険をかけていたので最後に妻にお店と家とまとまったお金を残し、この生活から抜け出させてあげたいと思う強い気持ちに、迷いやためらいはなかった。
薄れゆく意識の中、妻との思い出が脳裏を駆け巡り何故か”出会えた感動の嬉し涙”と”別れの悲し涙”が止まらない。
そのとき、「バターン」と吊していた電気と共に床に落ち、死にゆくことはできなかった…。
買い物から帰り、鳴り響いた音にびっくりして妻が飛び入った部屋には、死に損なってロープを首にかけ意識が半分で泣いている私。それを見て呆然とし、驚いている妻。
時が止まった…。
その晩に夫婦2人で朝まで語り合った結果、もう一度生きて頑張ろうと共にぐしゃぐしゃに泣きながら誓った。
昼に私は土木作業を、妻はスーパーで働き、死に物狂いで頑張ったのだがいっこうに脱出できない金利で膨らむ借金地獄。
2ヶ月がたった頃、お店の営業中に体調が悪いと妻が言った。
お客様もいつもの常連1人だったので無理をさせることは避け養生するようにと自宅に帰した。
何かおかしな胸の動機がして不安にかられ、そして何より妻のことが心配になり常連客に説明して、お店を閉め足早に帰った。
静まり返った自宅マンションのキッチンから異臭が…。横には椅子に座り意識を無くしたぐったりした妻と手紙が。
慌ててガスを止め、救急車を呼び病院へ運んだ。幸い命に別状なく、後遺症もなく検査の結果も異常はなかった。
入院中はお店を休みずっと妻の看病についていた私に妻は「ごめんなさい」と泣くばかり。
何度なぐさめても毎日のように泣き続け、そのたびになぐさめ抱きしめることしかできなかった。
妻も落ち着きを取り戻し、安心しホッとしたときジャンパーのポケットに入れた”手紙”を思い出し、待合室で読んだ。
「最愛なるあなたへ」
いつもいつも沢山の愛をありがとう。
朝早くから仕事に行き、夕方帰りすぐにお店へ行き夜中まで、そしてお店が終われば明日の営業分の材料の仕入れと仕込み、寝る間もなく…
このままだとあなた壊れてしまうよ。
もう見てられないよ。
私はあなたが大好きで何があってもついて行くと決めていたけど…
私が苦しいのは良いけどあなたが苦しむ姿をもう見てられないよ…
あなたは思い出したくないかも知れないけど、言ってくれたよね。
私を苦しめるぐらいなら命を絶ち、保険金で全てを清算し人並みの生活をさせてあげたいと。
私も同じ気持ちだよ!
あなたの苦しんでいる姿を見続けるくらいなら、命なんて惜しくない!
それにこれ以上現状が続けば、あなたはまた私を置いて逝ってしまいそうで不安で不安で苦しかったんだよ…
あなたが私を置いて逝けば、私は追いかけるけど…あなたには夢があるでしょ!お店にお客様が来る限り続けるって!
私の夢はあなたのそばにずっといたいだけだから…。
私は十分過ぎるくらいあなたから愛をもらった。贅沢過ぎるくらい優しさをもらった。
なのに子供生んであげれなくてごめんね。
体には異常がないのに、ずっとあなたのこと思い続けているのに何故だろう?私の母としての資格がないのかな?
けどあなたはこんな私に誰にも負けない愛をたっぷり溢れる程くれた。
本当にありがとう!あなたという人に出会えて良かった。
神様にも子供のことでは恨んだけどやっぱり感謝してるよ。
広い世界であなたに出会った幸せな私の人生は最高でした。
ずっと見守り続けます。お店、潰したらだめだよ。あなたの”夢”だから…私ができるあなたへの夢のお手伝いと思ってください。
体には気をつけてね…あんまり無理したらだめだよ。
さようなら…さようなら…大好きなあなた。
もう一度生まれ変われたなら、またあなたと出会いたいな。
私は泣きながら病室に駆け戻り、妻を強く力一杯抱きしめた。
何も言えなかった…言葉にならなかった…
そんな私に妻が、「ありがとう」と。
退院した妻と、再び朝まで語り合い共に泣きながら誓った…
2人で生きよう!2人で乗り越えようと!
今なら言える!「私は1人じゃない」と。
少しずつお店にお客様も増え”妻の笑顔”と”お客様の笑い”に囲まれながら…
そして思う…。
幸せも苦労も妻と2人。いつも胸には、妻と誓った。
「共に咲く喜びを…」
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