俺は、大学を卒業してバイトをしていた居酒屋にそのまま店長として就職した。
舞との出会いは、アルバイトの面接をした時でした。
面接希望の電話を受けた時、「ちっちゃい声だなー、居酒屋のホールなんて無理…」と思いましたが、人も足りなかったので、一応面接をする事にして日時を伝えました。
当日、大量の仕込みに追われて面接を忘れていました。
店の入り口は完全に閉めきられ、店内は真っ暗。
有線のチャンネルをオリコンに合わせ、音量全開で仕込みをしていたとき…。
ちっちゃーな声で「すいませぇーん」と言う声が聞こえたので、ゾクッとしながら、そーっと調理場からホールをカウンター越しに覗くと、女の子が立っていました。
「やばっ!面接だ!」と思い出し、ホールに飛び出ました。
ホールの電気を点け、有線の音量を下げ、挨拶をしました。
歳も自分とあまり変わらなそうな20歳くらい。
第一印象は…「かわいい!!!」
でも、やはり声は小さく、マイペースな雰囲気で居酒屋の店員には向いていない感じの女の子でした。
経験のない子の場合は、社長と相談して決めるのですが、不純にも…自分の中では、ほぼ採用を決定していました。
そんな彼女のバイト初日、やはり居酒屋には不向きだと実感をしました。
オーダーは間違える…、伝票はなくす…、グラスを割る…、一通りの事をやってくれました…・。
閉店後、彼女は涙目で俺に言いました。
「私、迷惑ばかりかけてますよね。」「すいません…すいません…」て何度も謝ってきた。
その時、近くにいた俺と同じ歳の仲の良いバイトが、「あーあー、泣かしちゃったー」とチャチャを入れてきました。
泣かしてねーよ!と言いつつも、彼女は涙目。誰が見ても泣かしたのは、俺のように見えていました。
「誰でも最初は仕方ないよ!」
「慣れればできるって!」
柄にもなくフォローしました。
その後、彼女はベテラン並に仕事を覚え、新しいバイトの面倒を見るまでに育ちました。
バイトからも信頼され、仕事ができるようになった彼女に対して、かわいいと思う気持ちから「好き」という気持ちに変わり始めました。
ある日、閉店後のすべての片付けを終え、いつもならダラダラと飲んでいるバイトが珍しくすぐに帰り、彼女と俺だけになりました。
俺はすかさず「お腹すいてない?何か食べにいこうか?」
と、声をかけてみました。
すると、ニコッとして「はい!」の返事が返ってきました!
遅くまでやっている近所の居酒屋へ行きプライベートな話を沢山しました。
今度、休みの日に遊び行こうか?と、誘ってみたら、すんなりOKをもらい!
その後もドライブに行ったり、カラオケに行ったり毎週のように遊ぶようになりました。
そして、晴れて彼氏彼女の関係になりました。
互いに実家だったので、色々な意味で不便さもあり、付き合い始めてから1年か経ったとき、「一緒に住もうか?」と話をしました。
舞は、「うん」と言って涙を浮かべた。そんな舞をそっと引き寄せ、
俺:「料理しないよ」
舞:「私が美味しいのいっぱい作るもん」
って、照れるような会話をしました。
舞は、父親は厳しいから同棲なんて許してくれるはずがない…と言うので、俺にも良く接してくれる、舞のお母さんに話をしました。
最初は困った顔をしていましたが、「同棲はダメ、でも…たまに泊るとかなら…いいかな」って、言ってくれました。
そして、帰り際にはお母さんが笑顔で「上手くやりなさい」と舞に言いました。
その足で、二人で不動産屋へ部屋を探しに行きました。
週に1日しかない休みを使っても、なかなか良い部屋が見つからず、1ヶ月が過ぎたとき、仕込みをしていた俺の携帯が鳴りました。舞からの電話です。
「いい部屋見つかったよ!!」
耳に響くほど大きな声で舞が言いました。
次の休みの日に、二人で部屋を見に行くと、確かに良い部屋でしたが相応に家賃も良い値段でした…。
舞は台所に立ち、「ここに冷蔵庫を置いて、ここに食器棚を置こう!」楽しそうにイメージを膨らましている姿を見て、俺はこの部屋に決めました。
入居日を半月後に決め、最低限の持ち物だけ運んで、買い物は住んでからにしよう。と、互いに休み使って準備を始めました。
舞は、入居日の5日前にバイトを辞め、店のみんなには付き合っている事が内緒だったので、普通に送別会をしました。
その次の日、昼間に舞に電話をかけましたが、つながりませんでした。
閉店後、電話をしましたがやはりつながりません。
さらに翌日の開店前に電話をしましたがつながらない。
少し不思議にも感じましたが、入居3日前という事もあり、深くは考えませんでした。
店が終わった夜中、帰りに舞の実家の前を通ってみました。すると、家の門の横に白い提灯が掛けられていました。
俺でも、誰かが亡くなったのだとすぐに判りました。
電話が繋がらなかったのは、この理由だともすぐに分かりました。
俺は、そのまま家に帰り誰が亡くなったのかを考えました。
おじちゃんとおばあちゃんがいるのは聞いていたけど、一緒に住んでいなかったような…、それなら舞の実家でお通夜はないはず…
お父さん?お母さん?弟?
俺は、寝られなくなりました。
翌日、店に向う前にもう一度、舞の家の前を通って、車の中から門に貼られた紙に書かれている名前を確認すると…・
舞…でした。
無心に近くの公園まで車を走らせました。
体の震えが止まらず、何かを考えるという事ができなくなりました。
どうしたら良いんだろう…。
何も考えられない…。
舞を知っている自分の友達に電話をしました。
「舞が死んじゃった…」泣きながら叫びました。
その友達が公園まで来て、舞の実家の前までもう一度確認をしに行ってくれました。
友達は、「舞だ…」と小さな声で言いました。
俺は泣き崩れました。
今いるこの公園は、いつも舞を家に送ったとき、舞が車を降りるのを嫌がり、いつまでも話をしていた場所でした。
その公園の横の道の同じ場所で、泣き続けました。
そして、1時間位してから、友達と舞の家に行く事にしました。
喪服に着替え、舞の家に行くとお母さんが出てきました。
俺の顔を見ると、何も言わず道に歩きだした。俺と友達はお母さんの後を歩いた。
お母さんの足が止まり、俺に言った。
「舞、死んじゃったの」
お母さんが泣いた。
俺も泣いた。
「ごめんね。お父さんがだめなの…本当にごめんね。」
すぐに意味が分かりました。
そして、俺は友達とその場を後にしました。
友達は仕事を休んで次の日まで、俺の舞との日々の話を聞き続けてくれました。
明日は、入居日。
今日は不動産屋にカギ取りに行く約束になっていたので、友達と一緒に不動産屋へ行きました。
すると、いつも舞が相談していた担当の女性が「あれ?彼女さんは?」と聞いてきました。
俺は笑顔を作って「いま買い物してます」と言ってしまいました。
カギを受け取り、友達と前日なのに部屋へ入ってしまいました。
台所に舞の姿が浮かび、俺は涙が止まらなくなりました。
そして…、舞の顔を見てお別れを言えないまま葬儀が終わりました。
俺は、1週間が過ぎた頃から舞と住む予定だった部屋に荷物を運び始めました。
すると、知らない番号から電話がかかってきました。
舞のお母さんからでした。
「この前はごめんね。今日は仕事お休み?」
借りた部屋に来ている事を伝えると、「おばさん、行っていい?」と聞かれました。
舞が住所を教えていたらしく、すぐにお母さんが到着しました。
段ボールだらけの部屋へお母さんを通すと、「いい部屋ね~」と真っ先に台所に立ち、お母さんは涙を流しながら、俺の方を向いた。
「最後に会わせてあげられなくて、本当にごめんね。許してね。」
と謝り続けた。
俺は「何があったんですか?」と、心を落ち着かせて聞いた。
「車で事故を起こしたの。舞が悪いんじゃなくてね…病院に運ばれる前に…死んじゃったの……。顔にも怪我してて…会わせてあげたかったんだけど、舞が嫌がるの分かるでしょ?」って…。
相当な事故だったらしく、通夜、葬儀の際も顔は誰にも見せなかったとの事。
「あとね…お父さんもね…」
その理由を聞くと、お母さんが話してくれた。
「事故の時、車の中に台所用品がいっぱいでね…包丁、まな板、ボウル…全部あったのよ」
「それで、お父さん怒っちゃって…」
「あの子、毎日うちの台所見て、お母さんと同じくらい料理するから…ってキッチン用品の足りないものを見つけては、買いに行ってたみたいなのよ」
すぐに一緒に住む話をした時の「俺、料理しないよ」と言った事を思い出した。
「美味しいのいっぱい作る」と言った舞の顔が浮かんだ…・。
涙が溢れだした。
俺があんな事を言わなければ、事故に巻き込まれなかったのでは…とも、考えた。
すると、お母さんはバッグから黒い布で包んだ、舞の遺影と位牌を出し…た。
お母さんが、そっと言った。
「舞にお別れしてあげて」
写真を見ながら、どれだけ涙を流しただろうか…・
お母さんが、そっと囁いた。
「あの子、楽しい思い出いっぱい作れたと思うよ。」
「本当にありがとうね」
それから、1ヶ月位経ったとき、車の掃除をしていたら、ダッシュボードから小さく折り畳んだ紙が出てきた。
開いてみると、舞からの手紙だった。
一緒に住む約束をする1ヶ月前に初めて旅行をした時に書いたもののようだった…
その紙には…
やっと見つけたね!
照れちゃうから手紙書いたよ。
一泊の旅行だったけどすごく楽しかった。ありがとう!!
しんは、すごく疲れたでしょ?
ごめんねぇ~。
でもまたいつかどこでもいいから二人で旅行しようね。
しんが、もし悪いことしたら今回の旅行を思い出して1回だけは許してあげるよ。
でも、2回目は知らない(笑)
これからもずっと一緒にいてね。
こんな私を好きになってくれてありがとう。しん、愛してるよ。
ずるいよ…舞。
こんな手紙…残さないでよ。
俺も、舞との日々はすごく楽しかった。
もう会えないけど、こんなに良い子がいたんだよ…って教えたいから、書いちゃったよ。
もし、怒ったら…旅行の時の事を思い出して、許してね。
舞、本当に本当にありがとう。
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