闘病中の父がいる。
難病で、悪くなりこそすれ絶対に治る事はない。
筋肉の萎縮・痴呆・性格の激変etc.、かなり厳しい症状が、この先待ち構えている。
医師は気の毒そうに、『アルツの方がまだ…(マシ)』と言葉を濁した。
宣告を受けても、正直、悲しむ事が出来なかった。
一般に馴染みのない稀な病名であったので、現実感がなかった。
でもそれ以上に、急激に体の自由を奪われていく父の介護と、動揺する母を宥める事に
追われ、頭が考える事を拒絶していたのかもしれない。
雨の中、1時間近く歩いて実家に通った事もある。
夜、電話で呼び出されて、開いている薬局を探し回った事も。
育ててくれた親とは言え、入浴の介護の時、老いた全裸を見るのは忍びなかった。
現在、幸いな事に一時的にではあるが薬が効き、多少病状は安定。
いつの間にか、父を入浴させてあげる事にも抵抗が無くなった。
体調(意識)に波があるものの、良好時には、以前と変わらぬ会話を交わすことも出来る。
親切なケアマネさんに担当して頂き、介護の負担が大分軽くなった。
私も、平常の生活リズムに戻りつつある。
そんなある日、一人で台所仕事をしていたら、不意に涙が迸り出てきた。
今、どんなに元気そうに見えても、父の命は限られている。
恐らく、あと2・3年で、人間としての尊厳すら奪われるような状態になるだろう。
親兄弟に恵まれず、それだけに私たち家族を何よりも大切にしてくれた父。
若いときから何一つ道楽をせず、働き詰だった父。
これからやっと楽隠居をしようとした矢先に、こんな病に倒れて。
悲しい、情けない、悔しい。
感情が爆発し、号泣した。
気が付いたら、泡だらけのスポンジを握り締めたまま座り込んで、グチャグチャに泣いていた。
お父さん、私は決して良い娘ではなかったですね。
貴方の不器用な愛に甘えてばかりでした。
今だってそう。
少し楽になると、ずるする事ばかり。
お父さん、貴方の記憶が少しでも明瞭な間に、私は貴方の為に何がしてあげられますか?
もう直ぐ父の日です。
昔から何も欲しがらない貴方に、プレゼントを贈るのは至難の業でしたね。
お父さん、幸せな私の家族を見せてあげられる事が、貴方への最高の贈り物だと思って良いですよね?
お父さん、貴方がが旅立つ日まで、もう泣きません。
父へ
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