当時35歳だったモテないリーマンだった俺の部署に、配転で何人か配属された。
その中に美人系ではなく小動物系のかわいい娘がいた。
自己紹介で「みんなにはハムスターに似ているのでハムちゃんと呼ばれています」と言っていたので、みんなは本名の○○子ではなくてハムちゃんと呼ぶようになった。
そこで歓迎会で飲みに行った。
一次会と二次会ではハムちゃんと一言ぐらいは話したような気がするが思えていなかった。そして三次会にもハムちゃんは付いてきた。
すでに相当できあがっていた俺の記憶はここから先が無く、気がついたら自分のベッドでYシャツ着たまま寝ていてすでに朝だった。
翌日二日酔いで会社に言ったら、ハムちゃんに懐かれていた。他の人にも話を聞くけど、微妙に俺に聞くことが多いような気がした。
ただ席は俺が一番近かったので、近いヤツに聞いてるだけだろうと思っていた。
ハムちゃんは小動物系でちょこまか動くのがかわいいので、みんなにかわいがられていた。
なかでも部長は彼女が入れるお茶が大好きで、彼女がお茶を入れるとやたらと機嫌が良かった。
それと酒は強くなさそうで、あまり飲まないのに飲み会には必ず参加していて、二次会とか三次会まで付いてきた。
そして俺の家と帰る方向が同じだったので、飲み会の後はよく一緒に帰っていた。
そのうちハムちゃんとは飲み会以外でも時々一緒に帰っていたが、単に一緒にファミ乚スで晩ご飯食べたりする程度で、
たしかに仲は良かったが後輩以上恋人未満というような感じだった。それに俺はもう一歩踏み出せない理由もあった。
ある日曜日、ハムちゃんから連絡があって彼女の家の近くの喫茶店で会うことになった。
公「あのね、実はね、好きな人が出来たの」
俺はもの凄いショックを受けた。
付き合っているわけでは無いが、今のポジションが誰かに取られると思うともの凄く悲しいという気持ちが溢れてきた。
俺「そうか、おめでとう。じゃああまり誤解されるようなことをしたらダメだよ。うまくいくといいね」
俺は一気にまくし立てた。
ハムちゃんは何か言いたそうだったけど、これ以上ハムちゃんの声を聞くと情けないことに泣くのは間違い無かった。
俺「じゃ帰るね。さようなら」
1000円置いて飛び出すように外に出た。俺はまっすぐ走り出した。彼女は追ってこなかった。
そのまま走って川沿いの土手に言って思いっきり泣いた。多分遊歩道歩いてる人には変な人と思われただろうけど、気にしている
余裕すら無かった。
彼女から電話とメールが届いていた。でも俺は何も見たくなかった、何も聞きたくなかった、何をいう気力も無かった。
ケータイの電源をきってポケットに突っ込んだ。
気がつくと空が暗くなり土砂降りになった。
俺はとぼとぼと自宅方向に歩き出した。
途中のコンビニで傘を買うことも出来たのだが、そんなことを考える余裕も無くまっすぐ帰った。
自宅に着いたら服を全部脱ぎ捨てて素っネ果でベッドに潜り込んだ。
どうやら風邪を引いたらしく考えがまとまらない。何かの手が見えたような気がしたので、
その手を掴んで「△△子?」って言ったような気がする。
そしてまた意識が途切れた。
気がつくと月曜日の午後だった。
そばには心配そうに俺を覗き込んでいるハムちゃんがいた。
俺の持っていない氷枕などがあって、ハムちゃんがわざわざ買ってきてくれていたようだった。
公「鍵開いてたから勝手に入ってゴメンね」
公「ずぶ濡れの服とかがそこら中にあったので勝手に洗濯しちゃった」
公「ゴメンね、とにかくゴメンね・・・」
俺「ハムちゃんが謝ることはないよ、俺が悪いんだし・・・」
そうしたらハムちゃんが泣き出した。
公「全部私が悪いのに、どうして・・・」
しばらくハムちゃんは泣いていた。俺は何も言えなかった。
頭もあまり回っていなかったし、何を言えば良いのかよくわからなかった。
そのうちハムちゃんが泣き止んで、
公「△△子さんって元カノ? やっぱり忘れられないの?」
このとき俺は頭が全く回っていなかったので、聞いたことは何でも素直に答えるという、自白剤を打たれたスパイのようだった。
俺「元カノっていうか、30歳前ぐらいに自分では付き合ってたと思ってた結婚詐欺師の名前」
俺「俺に唯一優しくしてくれた人。結局騙されちゃったんだけどね・・・」
俺は馬鹿正直に思い出したくも無い過去をべらべらしゃべってしまった。もう引かれたってどうでもいいやって思っていた。
公「ゴメンね、思い出したくない過去思い出させちゃって」
俺「いいよ、そんなのごく一部だから・・・」
俺「他にも両親がW・・・」
公「いいよ、言わなくても。全部知ってるから。辛いこと無理に言わなくても」
俺「全部ってどうして・・・」
ハムちゃんは俺が封印した過去を全部知っていた。
俺の両親がW不イ侖して父親からはいらないと言われたので母親に引きと取られたら、
母の不イ侖相手にいらないと言われて結局父親に引き取られたこと。
高校時代の初恋の相手に書いたラブレターをコピーして回し読みされたこと。
会社に入って1つ上の先輩を好きになったら、一応いい顔してたけど裏で犬以下って言われていたこと。
29歳で結婚を焦っていたころにやっと優しくて素敵な人だと思って交際を始めたら、
実は結婚詐欺師で貯金を全部持ち逃げされた上に借金まで背負わされたこと。本当になーんでも知っていた。
俺「どうして知ってるの」
公「最初の歓迎会のときに三次会で延々と聞かされたから・・・」
俺は穴があったら入りたくなった。何のことは無い、全部俺がハムちゃんに無理矢理不幸自慢をしていただけだった。
しばらく沈黙が続いたが、俺は大事なことを思い出した。
俺「そういえば会社行かなきゃ」
公「無理よ、熱が○度○分もあるんだから」
公「それに会社には体調が悪くて休むからって連絡しておいたの。ゴメンね、本当にゴメンね」
どうして俺はハムちゃんが謝るのかが全然わかっていなかった。
そしてハムちゃんは今日はずっと付き添ってくれると言った。
昨晩もずっとついていてくれたと言っていた。
この時点では逆らってもどうなるものでもないので、素直に厚意に甘えることにした。
ハムちゃんはいったん自宅に帰った後、色々持ってきて俺の部屋の客用布団で寝てくれた。
火曜日も熱が下がらず、ハムちゃんはずっと看病してくれた。
この日も途中で自宅に戻ったけど、何時間かして帰ってきて一緒に寝た。当然何も無かった。
やっと水曜日の昼頃にはほぼ平熱ぐらいに戻ったので、ハムちゃんと色々話をした。
大事な話の真相も聞いた。
要約すると、俺がハムちゃんのことをどう思っているのかを知りたかった。
友達に相談したら好きな人がいると言えばきっと怒り出すはずだから、そうしたらネタばらしすれば大丈夫と言われたらしい。
公「そうしたら怒るどころか、いきなり応援するようなことを言われて、さよならっていわれた。どうしていいかわからなかっ
た」
公「レジで支払いして外に出たら既にいなかったの。一緒に帰ったタクシーで場所は知っていたから行ったけどいなかった」
公「もう一度探していたら雨が降ってきたので家に行ってみたら今度は鍵が開いていて、中に入ったら布団にくるまって呻いてる
俺さんがいて・・・」
俺「そうか、ありがとうね。ハムちゃんは俺の命の恩人だね」
俺「ところで、話変わるけどネタばらしって何?」
公「えっと、好きな人っていうのが・・・」
俺「が?」
公「俺さんなんです」
俺「は?」
多分かなり間抜けな顔をしていたと思う。
俺「35歳過ぎたオッサンだし、モテないし、いいところ探すのが苦労するような男のドコがいいの?」
公「俺さん真面目だし、苦労してるから人の気持ちもわかるみたいだし、何より・・・」
俺「買いかぶり過ぎだよ、端から見てたらよく見えるだけだよ」
公「何より俺さん不イ侖とか嫌いみたいだから・・・」
聞くとハムちゃんの祖父がやたらと不イ侖をして、祖母がとても苦労してのを小さい頃からみていたらしい。
公「だから両親の不イ侖で不イ侖嫌いな俺さんなら、きっと不イ侖しないと思うの」
たしかに俺は学生時代に友達の彼女が不イ侖していることを咎めたら、友人に毆られて警察沙汰になったことがある。
とにかく不イ侖しているやつは大嫌いだった。
ここでハムちゃんは必杀殳技を繰り出した。
小動物のくりくりっとした目を上目遣いでこっちを見て「やっぱりダメ?」。
ええダメじゃ無いですよ、もう一撃必杀殳ですよ。
ハムちゃんにKOされた俺は、ハムちゃんと正式にお付き合いすることになった。
ハムちゃんを送って帰る間際に「また明日、でもしばらくは会社の人には秘密にしておこうね」って言ったときに、
ハムちゃんは少し複雑そうな顔をしたけどすぐ笑顔になったのでそのまま帰った。
次の日出社をしたら、なんとなく雰囲気が変だった。
やはりいきなり3日も休んだのはヤバかったかなと思い上司にいきなり休んだことを詫びにいくと、なぜか部長のところに行くように言われた。
部長は席にいたが、わざわざ会議室を取ってくれた。
俺はかなりビビっていた。
3日もほぼ無断欠勤同然で休んだし、まさかリストラとか・・・と気が気では無かった。
しかし部長の話はとんでもないものだった。
部「いつから付き合ってるんだ?」
俺「は?」
部「は? じゃないよ。どうして隠しているんだ」
さらに部長が畳みかける。
部「まさか、結婚の日取りとかは具体的に決まっているのか?」
部「もし媒酌人とかが決まっていなければ私に任せてくれないかな?」
部「どうしても私がやりたいんだよ。彼女も君も私の大切な部下だからね」
俺「おっしゃっている意味がわかりかねますが?」
部「とぼけてもダメだよ。○○子君と付き合っているんだろう?」
そんなバカなと俺は思った。正式に付き合うと決まったのは昨日なのに何故?
まさか昨日ハムちゃんが嬉しすぎて友達に同報メールでも送ったのか?
俺「どうしてそれを・・・」
部「月曜日に○○子君から君の休暇願いと自分の休暇願いを出すように頼まれた時点でもう噂で持ちきりだよ」
部「それを3日も続けていれば相当親密な関係だと誰でもわかるよ」
部「それに君たちはよく一緒にデートしてたんだろう?」
どうやら一緒に飯食ってるのがデートだと思われたらしい。こちらはいくらでも弁解可能だが、
さすがにハムちゃんが毎朝俺の休暇願いを連絡してきたことは誤魔化しようが無い。
俺「申し訳ありません。おっしゃるとおり付き合っております」
部「やはりそうか。で、媒酌人は決まっているのか?」
やたらと媒酌人にこだわる部長。しかも付き合いはじめたばかりなのに既に結婚することになっているし・・・
俺「いえ、まだ結婚は決まっていませんし、私は訳あって両親とも絶縁しておりますし、当分予定はありません」
がっくりと肩を落とす部長。しかし、さすがは海千山千の狸部長、最後に
部「わかった。しかし結婚する時には私が媒酌人として予約済であることを忘れないでくれたまえ。話は以上だ」
としっかり媒酌人は自分だと言い残して解放された。
すっかり始業時間を過ぎているが、微妙に怪しい雰囲気が漂っている。
とそこに俺の端末へ社内連絡メールが届く。
3日も休んでやることは沢山あるし、順番に見ていくかと思っていた。
ざわざわっという声。
どこからか「誰だよ部内共通使ったヤツ。(俺)も入ってるしマズいよ・・・」
は?
俺?
俺に関係があることなのに、俺が入ってるとまずい?
なんだ社内イジメのメールかと被害妄想全開の俺。
とりあえずメールを見てみると重要マークが付いているのを発見。
タイトルは【速報 ハムちゃんと××さんの熱愛発覚 果たして何人の男達が泣くのか】。
俺唖然。なんじゃこりゃー。早速内容を読む。スネークがいたらしく、会議室で部長とした会話の内容の概要が書かれている。
おまけにご丁寧に俺とハムちゃんの社員プロフの顔写真を張ってある。
ダメ押しは【二人は近日中に結婚。媒酌人は□□部長】とか。
もう完全に既成事実。
東スポのように最後にこっそり「か?」とかすら付いてない。
こりゃダメだと思ってハムちゃんの方みると、やたら上機嫌でメール見ている。
このとき俺は既にルビコン川を渡ったことを悟った。
あとはあっと言う間だった。
俺は前述の通り両親と絶縁中。
ハムちゃんの方も両親や祖母を亡くした時の遺産問題で親戚と絶縁中。
そしてうちの会社は社内恋愛は特に禁止されてないし、フロアの最高権力者の部長が結婚させたがっていると障碍要素が事実上ゼロ。
せいぜい、社内のハムちゃんファン数人がやっかんでいたことぐらい。
でもさすがに部長には逆らえないのでたいしたことは無かった。
両親だっていないし、俺は結婚詐欺のせいでろくに貯金もないし、内々だけの結婚式をする予定だったが、
部長が
「私が媒酌人を務める以上、粗末な結婚式はあり得ない。二人は何も心配しなくてもよいから任せなさい」
と言って大張り切り。
部長のツテと職権乱用で、200人以上入れる式場などがあり得ない金額で人件費込みで借りれた。
本当はもっと大きいところでもOKと言われたが、スペースが空きすぎて恥ずかしいのでここになった。
それでも人の割に大きすぎて恥ずかしかった。
料理とかも俺とハムちゃんの友達が頑張ってかなり赤字覚悟で作ってくれた。
とにかくお金はかけられなかったけれど、みんなに祝福されてとても幸せな結婚式だった。
参加した人の評判も良かったようだ。
もちろん媒酌人の部長の頑張りが良かった。
ただ、途中から部長が大泣き過ぎて、事情を知らない一部の参加者からは
「嫁さんは部長の元愛人か?」と疑われてしまったのが唯一の心残り。
良かったね。お幸せに。