俺と弟は心霊スポットが好きで、曰く付きの廃墟とか夜中に侵入してた悪ガキだった。
残念ながら二人とも霊感はないから、ほとんど廃墟探険なんだけど、何もない田舎じゃそれだけでも楽しかった。
ある夜、親父が
「お前らもホント好きだなw」
って笑いながら、これから夜遊びしに行こうとする俺らを嗜めてきた。
この親にしてこの子ありって言うし、親父も昔はこういう事やってたんだろうなぁと悟った俺は、
「今度親父も行かねぇか?」
って誘った。
そうしたら親父もまんざらでも無さそうに、
「仕方ねぇなw」
と了承したので、心霊スポット探索に、近いうち連れていく事になった。
俺と弟はアホな悪ガキだったから、
「親父をドッキリにはめてやろうぜ」
ってことになり、心霊スポットへ行く直前、弟の車の後ろに、絵の具でベタベタと赤い手形を付けていくことにした。
準備は万端、晩酌で完全にデキあがった親父を車に乗せるのは容易かった。
「全然怖くねぇよ!俺がお前らの頃には…」
と意気がる親父を尻目に、ほくそ笑む俺と弟。
その日に向かった場所は、3~40年ほど前、村八分に合って暮らしていけなくなり、一家心中をはかったという、町外れにある木造の廃墟だ。
地元では結構有名なスポットであり、近場でもあったため、俺と弟の巡回コースだった。
国道から外れ、ゴミ処理場へ続く町道を車で走る。
運転席は弟、助手席には俺。
後部座席には、先程までふんぞり返っていた親父が、言葉少なになっていた。
舗装されていない砂利道を、ヘッドランプの明かりだけで車はひた走る。
周りには、民家の明かりはもちろん街灯すらない。
ピシッピシッとフロントガラスに当たる枝も多くなってきた。
いつも通り馬鹿話で盛り上がる俺と弟。それに対して、雰囲気に圧されたのか完璧に黙りこくる親父。
目的地の廃墟まで数百メートルというところでだ、いきなり
「おめぇら!やめれ!」
と親父が叫んだ。
突然のことで、俺もさすがに心臓が止まるかと思った。
弟もこれには急ブレーキ。
後部座席を覗くと、怒り心頭っていうか、何故か尋常じゃないくらいビビってる親父がいた。
「あんまビビルことないってw」
「すぐそこだからw」
と宥めすかす俺と弟。
それでも
「うるせぇ!ダメだ!この先に絶対行くな!帰るぞ!」
ときかない親父。
一悶着あったが、家長である親父の命令には逆らえず、結局バックしてそのまま帰ることになった。
帰り道、肩透かしを食らい白けたムードの車内で、
「わりぃな。ビビっちまってよ…」
と、親父がぽつりと洩らした。
その後は、
「仕方ねぇなw」
「親父、案外チキンじゃん」
「うるせぇ、バカヤロー」
と、なんとか行きと同じムードに戻ったので、俺は一安心した。
まぁ、本当のお楽しみはこれからだったしね。
家に到着し車のエンジンを切る。
何食わぬ顔で車を降りた俺と弟だったが、横目でしっかりと車の後ろへ回り込む親父の姿を捉えていた。
親父が後ろの手形を見つけた瞬間、
「ヒィッ!」
って叫び声を飲み込んだような声をあげた。
作戦は大成功だった。
当然、俺と弟は吹き出しそうになった。
それでも堪えて、
「親父どうしたんだ?」
って聞いたんだよね。
『しょうもないことすんな』
って親父からゲンコツ一発はもらうつもりでいたけど、当の本人の様子は、俺たちの予想とは大きくかけ離れていた。
真っ青になりながら、
「いや、なんでもない…」
って言って、俺と弟の背中を強引に押し家に入った。
「なぁ親父…」
と食い下がっても、
「うるせぇ!」
と一喝される。
過剰ないたずらに怒ったのかなと思ったが、やはりどちらかと言えば、心の奥底から怯えていると言ったほうが正しいだろう。
「早く寝ろ」
と有無を言わせない命令をされた俺たちは、ネタばらしすることもできず、しかたなくそれぞれの部屋に戻った。
明らかにおかしい親父の態度のことを考えると、俺は眠れることはできそうになかった。
2時か3時ごろだったと思う。
案の定眠れなかった俺は、ぼんやり外を見てた。
すると、庭の車に何か影が見えることに気付いた。
車の陰で動いているソレは、ここからではちゃんと確認できない。
妙な胸騒ぎがしたので、裏口からこっそり、足音を立てないように車が見える所まで行った。
車の後ろの影は、明らかに人のものだった。
ぎりぎりまで近づいて、ようやく影が何かわかった。
正体は親父だった。
親父がこんな真夜中に、バケツと雑巾を持って、あの手形を洗い落としていたのだ。
しかもあろうことに、号泣しながら。
遠くからだったので、多少脳内保管が入ってるかもしれないが、こんな風に聞こえてきた。
「許してくれ…ウッ…頼むからゆるしてけれ、な…ゆっ(ゆう?)ちゃん… あの子らだけは…後生…恨むなら……」
何かに詫び続けながら車を磨く親父を見て、なんだか恐ろしくなり、俺は急いで家に帰り布団に潜った。
翌朝、何事もなかったかのように
「おはよう」
と起きてきた親父。
それでも目には、明らかに泣き腫らしたと見られる跡があった。
弟も昨日のことで釈然としないのか、俺を問い詰めてきたが、深夜の奇妙な行動を話すと、さすがに顔を強ばらせた。
結局、あれから一度も、親父にはこのことを話していない。
車の手形も綺麗さっぱり、最初から無かったことになった。
そして例の心霊スポットには、行くことはおろか話すことも、俺と弟の間ではタブーになっている。
ポポです。さしぶりのポポです。